並盛町において、雲雀恭弥は畏怖の対象であるが、その従妹、に関してはそれは当てはまらない。校内においては意外に好感を抱いている者の方が多いのだ。と、いうのも雲雀曰く噛み殺す現場に通り掛ったが、雲雀を宥めて見逃す方向に働き掛けるからだ。実際、彼女によって救われた者は少なくない。尊敬と感謝、その2つの気持ちを寄せられているのだが・・・がそれに一向に気が付かないのは、雲雀を恐れて影でこっそり・・・という者が多いからだ。そして校外では数少ない雲雀の弱点とも呼べる存在、人質として格好の的として見られている。雲雀に少なからず恨みのある者は彼女を誘拐しようと狙いを付け、実際に何組かは実行に移した。
しかし、当の雲雀もその従妹もピンピンしている。また失敗したらしいと囁かれるが、語られる内容は決まっていつも同じだった。
『雲雀恭弥が捕まった従妹を難なく助け出した』
雲雀の最強伝説の1つとして語り継がれる話において、従妹であるは悲劇的ヒロインのポジションであった。男女問わず暴力を振るう雲雀を大いに恐れながらも、その冷ややかな表情が似合う整った造詣に思慕を寄せる女子生徒はそれなりに多い。冷徹な美少年(雲雀)が唯一心を許す少女()と言う設定は、思春期の真っ只中の女子生徒達の憧れのポジションだ。と自分を置き換え、囚われの身になったところを助けに来てくれる王子様(雲雀)という妄想に、彼女達は何度心を乱されただろう。囚われた自分の非力さに嘆く自分に対し、圧倒的な力で敵を薙ぎ倒す王子様(雲雀)。敵には容赦無い言葉が、自分には甘い言葉が掛けられる。非力さに嘆きながらも、結局は甘い言葉に酔いしれる自分。ああ、良い。そんな妄想が彼女達の頭の中で繰り返されるのだ。もしそんな事がを知れば、こう言うだろう。
「いや、私、非力じゃないし、そもそもそんな良いものじゃないし!」
しかし、未だにはその事を知らないので、真実は隠され、人々の作り出した噂話が真実のように語られるのだった。
さて、前書きが長くなってしまったが、現在の状況を語らせて貰おう。妙な人間ばかりが運び込まれる並盛町の町立病院に、今、1人、傷付き眠りに付いた戦士がいた。戦士と呼ぶには些か幼いだろう。一般的な5歳児よりも小さな体躯には無数に傷が走っていた。傷自体はどれも真新しいが、まるで長年虐待を受けた子供のようだと医師は苦々しく吐き出す。点滴を始め、様々な機械、管が小さな体に取り付けられる。心拍数が一定のリズムで動いているのが唯一の救いだと、付き添いで来ていたビアンキは思った。そこに―――。
集中治療室のドアがゆっくりと開いた。中に入って来たのは見慣れた制服の少女。明らかに場違いな少女の登場に、医療スタッフの1人が近付くが、少女が一言呟いた途端に追い返そうとした手をピタリと止めた。まるで石化してしまったような光景だった。少女は機器の中心で眠る子供―――ランボの方に向かって歩いて来た。止めようと他のスタッフが動くが、石化したように動かなかったスタッフが制止の言葉を掛ける。すると他のスタッフも魔法に掛かったように動けなくなった。そしてビアンキも。
「大丈夫。私はこの子の敵では無いわ」
そう言って少女はビアンキの傍を通り過ぎる。ランボの傍に立つと、労わるようにその頭を数度撫でた。敵か味方か見極めようと目を凝らすビアンキは、少なくても敵では無いとその光景を見て結論付けた。
不思議な事に数回撫でると少女は踵を返した。先程、入って来たドアを潜り抜けようとしたところで、ビアンキが声を掛ける。
「待って。貴方は何をしに来たの?」
花が風に揺れるように少女はゆっくりと振り返り、愛らしい唇を動かした。
「この子が傷付いた全ての原因を薙ぎ倒す」
当然だと言わんばかりの報復宣言。生まれた頃より裏の世界に身を置くビアンキは俄かに信じられないと目をパチパチを動かした。
「貴方・・・本気?」
だって相手は、と口にしようとしたところで、少女が知ってると声を被せた。
「ヴァリアー。ボンゴレのファミリー最強の闇の暗殺部隊」
何故、と言葉にしようとしたが、驚きのあまりビアンキは声にならなかった。
「心配しないで。ちょっとあの人達を噛み殺すだけだから」
そう言って少女は出て行った。慌てて追うものの、まっすぐ続く長い一本道には何の姿も気配も残されていなかった。
ビアンキの頭の中で先程の少女の言葉が繰り返される。並盛最強と言われた男、雲雀恭弥。その男とそっくりな冷ややかな笑みを浮かべて消えた少女は、間違い無く、先程スタッフが口走った言葉の通り、雲雀恭弥の従妹だった。