パンプキン×パンプキン




エイプリルフールでクラスメイトを騙したり、バレンタインに告白したりする数に比べれば、「トリック オア トリート」などと叫ぶ比率はかなり低い。それだけまだ日本人の中に浸透していないにも関わらず、店先に並ぶオレンジ色のグッツの数々を見れば商業的な面から見れば大分浸透していると言って良いかもしれない。第2の菓子業界の陰謀か?なんて思いながら街中を歩いていた私は、ハロウィンについて殆ど知らない状態で、10月31日がハロウィンだという事を当日に知ったくらいだった。来年、何かやるかなぁ、なんて考えていた私に、ハロウィンが10月31日だと教えてくれた本人は、少しだけ不機嫌な顔で「トリック オア トリート」と流暢な英語でもう1度私に言った。

「早く出しなよ」
「へ?何を?」
「出さないなら悪戯するけど?」
「だから何を出すんですか?」

ハロウィンの精々『ハ』くらいしか知らない私に『一応』クラスメイトである筈のこの男の言い分が理解出来ないのは至極当然と言えば当然ではある。しかし、そんな私的事情をこの天上天下唯我独尊男が察しようとする筈も無く、それどころか問答無用で使い込まれたトンファーを喉元に突き付けられる始末だ。再度聞える「トリック オア トリート」の言葉が、「オラ、テメェ、金出さんかい!じゃねーとタダじゃ済ませねぇぞ」と、カツアゲの言葉のように、乱暴で凶暴で凶悪に聞えるのは仕方が無い事だと思われる。


「雲雀さーん。クラスメイトに脅迫は良くないと思いますよ」
「脅迫じゃないよ。イベント行事に積極的に参加しているだけ」
「群れるのが嫌いな雲雀さんが、イベントと称して集まって馬鹿騒ぎしている草食動物の真似するんですか?」
「・・・まさか。僕は群れるのが嫌いだよ。真似じゃない。これは僕だけのハロウィンって奴だよ」
「雲雀さんのハロウィンはトンファー付きなんですね。・・・・・・ねぇ、雲雀さん」
「何?」
「デット オア トリートで聞いた方が合ってるんじゃないんですか?」
「君、噛み殺されたいの?」
「それは遠慮したいですねぇ」


ハァと溜息を吐いて辺りを見回せば、困惑の色を浮かべたクラスメイト達の姿。教室のど真ん中で行われているヴァイオレンスなハロウィンはきっと私が何かを出すか、悪戯されるまで続くのだろう。時計の針を見れば、本来なら3時間目が始まっている時間帯。ドアを開けたまま固まっている社会科教師には悪いが今日は自習にして貰おう、そう心の中で思った。


「それで出さないの?」
「だから何を出せば良いんですか?」
「ハロウィン知らない?」
「知らないですよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


私と雲雀さんの間に何とも言えない空気が漂う。「開けゴマ!」と言ってドアが開かなかった。そんな虚しさを含んだ空気だった。目の下を引き攣らせつつも、わかりやすく説明してくれる雲雀さんはひょっとしたら良い人かも・・・なんて幻想をちょっとだけ抱かせてくれた。ちなみにその幻想は5秒で消え去った。喉元に光る銀色を見れば、誰だって幻想から覚めるものだ。


「・・・つまりお菓子あげれば良いって事ですね。でも、今日は持って来てないんですよ」
「じゃあ、悪戯しても良いって事だね」

すっと雲雀さんが目を細める。その様は色を帯びていて、ただの悪戯では無いと言う事を十二分に知らしめた。

「まさか。遠慮しますよ。そもそも、フェアじゃないでしょう?知らない相手にそんな話を吹っ掛けるのは、群れるのが好きなハイエナのような輩がやる事ですよ。・・・誇り高き狼のする事じゃないです。私を失望させないで下さいね、雲雀さん」


指先でついっと軽く押せば、喉元からトンファーは引き下げられた。好奇心と闘争心の混じった鮮やかな炎が雲雀さんの目に映る。


「『次のハロウィン』まで楽しみにしてなよ。とびっきりの『悪戯』を用意しておくから」


笑い声は上げないけれど、その代わり心底楽しそうに口元を歪めてそう言うと、雲雀さんは颯爽と教室を出て行った。


「あー、怖かった」


心底そう思って呟いたのに、「嘘付け!」と周囲からツッコミが飛ぶ。


「本当なのになぁ」


そんな私の呟きを本気に取った人間は居ないだろう。「お前くらいだって。あの人と対等に渡り合えるのは」なんてクラスで比較的話をする加藤くんは言うけれど、雲雀さんは私に『危害』は加えない事を知っているから、彼に対してああ言う口が聞けるのだ。途端に騒がしくなったクラスメイト達は口々に好き勝手言うけれど、私の頭の中は来年のハロウィンをどう切り抜けるかで一杯だ。


「全力で悪戯されるのだけは避けたいなぁ」


そんな呟きが思わず漏れてしまったけれど、騒がしい話し声の中に掻き消されて行った。








言い訳
ヒロイン、雲雀さん、高校2年生