誰かこの状態を説明して欲しい。

切にそう願った。





パンプキン×クリーム





目が覚めたら不思議の国に居たのはアリス。体が縮んでいたのは名探偵。目が覚めたら異世界に行っていたり、子供になっていたなんて、かの少女も名探偵も驚いたに違いない。




目を覚ましたら見知らぬ大きな猫足バスタブの中に居た私ですら、これだけ驚いたのだから。




パチパチを目を瞬かせるが、紛う事ここは無く現実世界だ。鼻に感じる甘ったるい匂いも、肌に感じる温かくもべとつく感じも全てが非常にリアルだ。これが夢だったならば、これほど嬉しい事も無いのだが、生憎とこんなにリアルな夢を見るスキルなど備わっていない。頼めば見せてくれそうな幻術使いが居なくも無いが、クフフと鳴く彼に頼んだら高く付くのは目に見えている。




何故、自分が裸で白い液体の中に入れられているかがわからない。匂いから察するにホワイトチョコと言うのはわかるけれど、こんな物に付けられる心当たりなどある筈が無い。あって堪るか。




指で掬ってペロリと舐める。ホワイトチョコをそのまま溶かしたのではなく、どうやら少し牛乳や何か他の液体で薄めたような味だった。それがわかった所で現状が変わる訳では無い。ただ暇だったから調べた。その程度の事だ。




物語は何か他のアクションを起こす事で進む事もあるけれど、私のこの暇つぶしの行動も何らかのアクションになったのだろうか。キィっと小さな音を立てて、この白いタイルの張られた浴室の唯一の扉が開いた。


「雲雀、さん」


入って来たのは、昨日、教室で一騒動起こした相手だった。最も私は雲雀さんに気に入られている為、身の保障はある分、しょっちゅう騒動を起こしているけれど。


「気分はどう?」


珍しく困惑している私を面白そうに見ると、雲雀さんはバスタブの縁に両手を付いた。距離が近い。


「何でこんな場所に私はいるんでしょうねぇー?」


身を隠すように、ホワイトチョコの中に身を沈め、質問では無く、疑問をそのまま独り言のように呟いた。質問した所で雲雀さんの事だ。「僕が連れて来たから」としれっとした顔で答えるに違いない。天上(以下略)の人の考えなど、知る事は出来ても理解する事は到底叶わない。それならばいっそこの状況を受け入れ、出来る限り自分に優位に持って行く方がずっと利口だと思えた。



雲雀さんを観察すると、その格好にふと違和感を覚えた。上下の黒。それはいつもの彼のスタイル。ブレザーが導入されたのに学ランで中学高校を闊歩したり、何かの行事なのか黒のスーツで身を固めている事が多いけれど、今日の格好は今まで見た事が無い。上着の裾が長く、スーツ以上に正装と言う印象が強いその服装は、何だか服装と言うよりも衣装と言う方がピンと来る。そう思った時、『衣装』の単語で頭の中に答えが閃いた。それと同時に襲い掛かるのは非常に、それはそれは非常に嫌な予感。


「何でタキシードなんて着ているんですかぁぁぁ!」


上流階級の人間ならば着慣れているだろうソレは、一般庶民の感覚で言えば『結婚式』で『新郎』が着るものだった。クスリと雲雀さんは笑うと、「君が今浸かっている白いの。それ、ウェディングドレスの代わりだよ」と言った。「いつからこんな液体がウェディングドレスの代わりになったんでしょうねぇー」と呟けば、「この間から」とさらりと言い切った雲雀さんは、その長い指先でホワイトチョコを掬うと、ベトリと私の頬に付けて線を引くように指を動かした。


「いい加減、僕のモノになって貰おうと思って」


そう言って彼がタキシードのポケットから取り出したのは1枚の薄い紙だ。高校生の私には非常に不釣合いな『結婚』の文字を見て、慣れ過ぎて雲雀さんの行動にある程度驚かなくなった私の脳が、ピシリと音を立てて急停止した。だって書いた覚えも無いのに、その紙の新婦の欄に『私の字』がぎっしりと埋まっているのだから。ツッコミ?する気力無い。何でなんて聞いた所で、「僕を誰だと思っているの?」って返って来るに決まっているのだから。ああ、ある程度予想出来るようになるんだから、慣れって本当恐ろしい。




「トリック オア トリート?」
「は?」

昨日、教室で聞いた言葉に思わず首を捻る。来年聞く筈のその言葉が何故今出て来るのだろう。

「『次』は『来年』とは限らないよ。僕の今年のハロウィンは昨日と今日なんだ」
「うわぁー、反則ですよ。それ。こんな格好でお菓子持ってる訳無いじゃないですか!」
「昨日、教えたよ。これでアンフェアとは言わせないよ。大人しく僕に悪戯されたら」

準備OK?と聞くように、雲雀さんが頬にキスをする。そのまま頬にさっき付けたホワイトチョコを舐め、舌の何とも言えない感触にざわりと体が震えた。

「わ、わ、わ、待って!待って!!」
「待たない。・・・大体、どれだけ待ったと思っているの?」
「えええ、そんな事言われたって、私、結婚するまで処女で居る気なんですけど!」
「もう結婚してるよ」
「えええ!!」
「さっき見せたのは、提出した奴のコピー。昨日のハロウィンの日から僕らはめでたく夫婦になったんだよ」
「うわぁぁぁぁぁ、何です!それ!もう私の理解を遥かに超えているんですけど!」

先程見せられた結婚の2文字が現実味を帯びる所か現実化してしまって、私の脳は許容量を遥かに超えて悲鳴を上げるしかなかった。


「君は、僕が嫌い?」
「・・・・・雲雀さん?」


からかうように細められていた眼差しは、突然真剣な物に変わり、その様を目の当たりにした私は思わず息を飲んだ。私の言葉をひたすら待つ雲雀さんは、私に視線を落としたままで、私は一度真っ白になった頭で色々考えるけれど、嫌いなんて言葉は1つも思い浮かばなかった。


「嫌いならとっくに逃げてます」


私が雲雀さんの事を好きなのはとっくに自覚済みだ。だけど、雲雀さんが求める形を私は受け入れる事が出来ず、ずっとはぐらかして来た。


「・・・だろうね。ま、嫌いでも僕は君を手に入れるけど。どうせなら全部欲しいからね。身も心も何もかも」


上着を脱いだ雲雀さんは無造作に床に投げた。器用にシャツのボタンを外して行くけれど、面倒な顔付きになった途端、手に少しだけ力を込めれば、ボタンは弾けてあちこちに飛んで行った。その光景に思わず「うわぁー」と今の心境をそのまま反映した言葉を吐き出してしまった。


「法的には君はもう僕のモノだ。心も・・・ある程度は僕のモノになったようだから、貰うよ。最後の1つ」


カチッとベルトを外す音がして、思わず目を瞑った。ほんの少し衣擦れの音がした後、肩まで浸かったホワイトチョコの水面が揺れる。足に纏わり付くチョコの感触とは別に、ゴツゴツとした別の足の感触が感じられた。


「いつまで目を瞑っているつもり?」
「む、無理ですよ!」
「それとその敬語もいい加減直したら?」
「仕方ないじゃないですか、雲雀さん、私より年上なんですから」
「その呼び方も止めなよ。君も今日から『雲雀さん』なんだし」



「ねぇ、雲雀。―――僕の奥さん」



艶やかな笑みでそう言われた私の口から出たのは、「ぎゃあぁぁぁぁ」と言う、何とも色気が無い言葉だった。気絶出来るものなら気絶したいけれど、元々図太かった私の神経は、雲雀さんと出会って以来、太さを増す一方なので、いつまで経っても失神による現実逃避はやって来なかった。




その後、まぁ色々と・・・本当に色々とあったけれど、何とかその時は貞操を守り通した。やったよ、私!頑張ったよ、私!万歳!!実際にやったら再び雲雀さんに襲われそうなので、心の中だけで留めて置いたけれど、そんな私の感動も長くは続かなかった。



良くわからないうちに雲雀さんと結婚してしまった私は、とりあえず家に帰ったのだが、家で待って居たのは何故か上機嫌な母親と、普段ならまだ仕事中であるはずの体育座りをして哀愁帯びた背中を見せる父親。「の荷物なら、恭弥さんのところに送ったわよ」の母親の言葉通り、私の部屋には一切物が無かった。仕方無しにまた雲雀さんの家に行こうとする私の手を取り、「パパはいつだっての味方だからね!」と念押しする父親の剣幕に押され、半分引き気味になりながらも頷いて住み慣れた我が家を出た。歩いて10分。再びやって来た雲雀邸。インターフォンを鳴らし、女中さんに取り次いで貰おうと思ったのだけど、出て来た女中さんはいつも以上に深々と頭を下げ、大きな爆弾を投下した。

「おかえりなさいませ、奥様」

ああ、そういえばそうでしたね。そんな設定でしたね。もうすっかり忘れてましたよ。あはははは。心の中で笑うだけ笑った後、虚しくなったのでこれまた心の中で憂鬱を吐き出してみた後、中に入り雲雀さんと再び対峙し、「何、勝手に引越しまでしてるんですか!」「夫婦なんだから一緒に暮らすのが当然でしょ」と口喧嘩になり、用意された部屋はこれだけ広い屋敷で部屋も沢山あるのに夫婦兼用の1室で、その事でまた口喧嘩となり、何とか自分の部屋をゲットしたものの、寝る時になって部屋にやって来て当然のようにベットに入り、また襲われて、貞操を死守して。




波乱万丈な人生の幕開けとなった。




「絶対、バージンロード歩くまで負けないんだからっ!」





(言い訳)

ウェディングドレスの代わりに奥さんをホワイトチョコの浴槽に入れたバリ様。
奥さんに敬語を使われるのと、夫婦の営みを拒否されているのが目下の悩み。