左腰に振動を感じ、折原臨也はコートのポケットに手を突っ込んだ。携帯が振動を続けるもすぐに止まってしまう。どうやらメールのようだ。臨也はしばし操作した後、携帯を耳に当てた。


「もしもし、久しぶりだね」


それはそれは楽しそうに臨也は笑う。


「てっきり向こうで就職したまま戻って来ないと思ってたけど。何?向こうの水が合わなかった?」


相手がその問いにどう答えたのだろうか。臨也の顔には「そんな訳無いよね」と言わんばかりの表情が浮かんでいた。


「会社で無理難題ね。そりゃあ、大変だ」


心底哀れんでいる。そんな声で臨也は返すが、その表情は嬉々としていた。台詞と表情が一致しない。もし彼を退屈しのぎに観察している人間がいたら、そのちぐはぐさを不気味だと思う事だろう。最も折原臨也と言う人間の内側を少しでも知っている人間が見たら、何ら違和感を覚えないのかもしれない。


「え?今?外出中。雑音が入って御免ねー」


申し訳ない感じが1ミリも含まれない軽い声。電話の相手も慣れているのか、返って来た言葉に臨也はケラケラと笑って見せた。信号が赤から青に変わる。一斉に動き出した人々の波。その波を臨也は躓く事無く渡りながらも会話は続く。


「それでいつ帰って来るの?・・・えー、いいじゃん。教えてよ。歓迎パーティ開けないじゃん。露西亜寿司ででもどう?」


露西亜寿司の前を通過しながら臨也が尋ねる。池袋の名物の1つとも言われる黒人の客引きはいつものように店の前に立っていた。臨也に気付いて話しかけようとするものの、すぐに電話中と気付いて別の通行人へと話し掛ける。


「ああ、サイモンの声、聞こえた?懐かしい?・・・ああ、今日は池袋に来てるんだよ」


にぃ、と臨也の口が弧を描く。赤い目が爛々と輝いて見えるのは、街頭の灯りのせいか、それとも。何れにしろ電話の相手が気付く筈も無く、また臨也も隠そうとはしない。


「ちょっと用事があってね。え?シズちゃんには用事が無いよ」


クスクスと臨也は笑う。表情はいっそ凶悪と言っても良い物に変わるが、声音だけは相変わらず。終始陽気さを装いながら臨也は歩く。擦れ違う人間の何人かは臨也に気が付いたようだが、皆、他人の振り。そして臨也も気にした素振りも見せずに歩き続け、十字路を左に曲がると1度歩を止めた。


「・・・じゃ、ちょっと俺、これから用事あるから一旦切るね。それじゃあ」


面白くないと言った表情で臨也は電話を切る。相変わらずガード固いんだから。そう小さく漏らした言葉はすぐ傍のパチンコ屋の新機種宣伝の音に掻き消された。


「さーて、行きますか」


気を取り戻して臨也は歩き出す。目の前には煌びやかにライトアップされた複合商業ビル。様々な店名の看板が並ぶ中、居酒屋とゲームセンターの間にカラオケの文字が見えた。