真新しく掃除の手が行き届いたエレベーターは、バイクと人が3人乗ってもそれ程窮屈さを感じない広さ。5LDK。両親と子供2人の家庭でも快適な広さの物件に住んでいるのはたった2人。最上階の部屋を見渡して、つくづく思う。23歳にしては良い部屋に住み過ぎだ。――最もそれは彼1人に限った話では無いけれど。
「おかえり、セルおごぉぉ」
玄関を開けた途端、白い何かが廊下を舞った。詳細を説明するならば、セルティ・ストゥルルソンが家の鍵を開けた瞬間、同居人である岸谷新羅が抱き付こうとダイブして来た。それをセルティの影が伸縮性を帯びたトランポリンのような何かを生成し、自身を守るように覆った。ぼよーん。何とも間の抜けた音が高級マンションの玄関に響く。新羅の体は弾き返され、廊下に舞った。明かりの少ない薄暗い廊下に新羅の纏う白衣がヒラヒラと舞い、後少しで床に叩き付けられると言う所で影が新羅と床の間に割って入った。大した音も立てずに新羅は倒れ込む。ダメージは無いのだろう。すぐに起き上がり、おかえりと言い直した。
「久しぶり、新羅。相変わらずの変態っぷりに安心したよ」
「久しぶりの再会なのに、第一声がそれかい?」
「自分で昔言ってたでしょう?『僕のセルティへの愛は変態級だ』って」
「勿論、僕の愛は変わっていないよ。むしろ、増える一方さ!」
堂々と宣言してすぐ、新羅の頭に何かのリモコンが命中した。
久しぶりの再会と言う事もあって、岸谷家のリビングは深夜を越えた時間にも関わらず賑やかだった。いつもなら新羅が余計な事を言って、静雄が怒ると言うのがお決まりのパターンだったが、当の静雄は露西亜寿司で酒をそれなりに飲んだのでぼんやりとソファーにもたれ掛かっていた。うつらうつら、うつらうつら。静雄の瞼がゆっくりと落ちる。静雄が眠りに落ちた事に気付いたセルティが静かに席を立つ。
『毛布を取って来る』
「ありがとう、セル」
『気にするな』
そう言って(打って)セルティは部屋の奥に消えて行った。彼女の後姿を新羅とが視線で追う。
「セルは良い奥さんになると思うよ」
「あはは、そう見えるかい?」
「ああ」
「あはは、照れちゃうなー!」
「新羅と夫婦に見えるとは言ってないよ」
「どうして君はそう最後で落とすかな・・・」
はぁ、と新羅が溜息を吐き出す。大して傷付いた様子を見せない新羅をは一瞥する。
「ネブラが動き出した」
小声で囁く。しかし、新羅の表情は変わらない。
「良いのか?それで君は?いや、『君達』は?」
静かに問うに新羅は笑って見せた。
「・・・それが答えか。変わらないんだね、新羅は」
「ああ、俺の愛は変わらないよ。それよりもそっちこそどうするつもりなんだい?」
「何が?」
「臨也と静雄、どっちを選ぶの?」
「・・・新羅。それに関しては昔喋ったと思うのだけど」
「もその辺は変わってないんだ」
「変わらないよ。友人だからこそ、この関係が成立するんだ。どちらか片方と付き合ったら、この関係は成り立たない。・・・そしてそれは今の私には耐えられない。臨也もシズも私には必要な人だから」
「じゃあ、両方と付き合ったら・・・ごめん、セルティ。僕が悪かったからそんな目で見ないで」
奥から毛布を持ったセルティが入って来る。フルフェイスメットの奥は見えないのでその表情は窺えない。最も見えたとしても首が無いのだから窺えないが、新羅にはわかるのだろう。PDAを取り出さずセルティは無言のまま、静雄に毛布を掛ける。目が合った。
『何も言ってくれるな』
静雄が目でそう語り掛けて来た。