岸谷家のリビングから明かりが消える。静雄に次いでもそれなりに飲んでいたせいで、眠気がしばらくするとやって来た。目を擦るを見て、新羅がお開きにする。先にソファーで眠った静雄のすぐ横のソファーをも借りてそのまま眠りについた。おやすみ。岸谷家の2人がドアのタッチパネルで明かりを消し、奥の部屋に移動する。普段ならそのまま自分達の部屋に入って寝る所だが、セルティは新羅の後ろをそのまま付いて部屋までやって来た。
「なんだい、セルティ?一緒に寝るかい?」
セルティがPDAを見せる。冗談を完全にスルーされた文字を見て、新羅はがっくりと肩を落とした。
『静雄が起きていたのに、は気付いていたのか?』
「気付いていないよ。は静雄にああ言った会話をなるべく聞かせたくないと思っているからね」
『折原臨也とはかなり際どい会話をしているのにか?』
「にとって臨也と静雄は必要不可欠な存在だけど、役割はそれぞれ違うんだ。にとって静雄はね、癒しなんだ」
『・・・静雄が?』
平和島静雄と言えば池袋最強として名高いが、素の状態の彼が物静かな大人しい青年である事をセルティは知っている。は静雄の本質を理解した上で、彼に寄り添っているのだろうか。
「にとって静雄以上に安心出来る人間はいないからね。自分を利用しない。他人に利用されない。そして強いから誰かに守られる必要もない。静雄の『力』を誰よりも好ましく思っているのはきっとなんだろうね」
かつて同じ学び舎で過した日々を思い出しているのか、新羅の目はどこか遠くを眺めている。セルティは共有出来ない思い出に少しだけ嫉妬交じりの感情を抱くが、すぐに掻き消した。
「そして自分の事を好ましく思っても、自分以上に強く想う人間がいる」
『静雄にそんな女いたか?』
「女じゃないよ、臨也だ」
『は?』
予想外の言葉にセルティのPDAを落とし掛ける。影に拾わせている間に新羅が説明し始めた。
「それがの面白い所だ。静雄にも臨也にも殺したいほどの感情を抱く相手が居る。だから自分は彼らの恋人になる事はないだろう」
『何だ?その理屈は?』
「は【自分以外の誰かを強く想う人間】にしか興味を持たない」
『あいつらの間にあるのは殺意だぞ?』
「それでも強い感情には違いないよ。・・・そしてもう1つ。は【自分の事を1番強く想ってくれる人間にしか惚れない】。応えない。が僕に興味を持っても惚れないのは、僕を好きになっても僕がその想いに応える事は無いから。彼女の恋愛観念自体が狂っている。・・・矛盾しているんだ。好きになった相手が居たとしても、最初から失恋が決まっている。だから好きにならない。けれど自分以外の誰かを見ていなきゃ興味すら抱かない。直さない限り彼女に恋人が出来る筈も無い。本人もこの事に気付いてはいるんだ。だけど根深いみたいで今の所はどうしようもない」
『だから静雄は・・・』
「人から恐れられ続けた静雄を信頼し理解してくれた初めての『他人』。それがなんだ。同様に静雄も失えないんだよ。雁字搦めなんだよ」
『そうか』
寝た振りをした静雄の見せた切ない目をセルティは思い出す。
「臨也の方が幾分動きやすいかもしれないかもな」
『静雄が癒しなら、臨也はにとって何なんだ?』
「それは―――良い所で臨也から電話だよ。この話はまた今度かな。ごめんね、セルティ」
携帯を取り出す新羅にセルティは首を振る。話し出した新羅の部屋を抜け出し、部屋に戻る。リビングのドアのガラスに映る人影。常人よりも目が数段優れたセルティにはそれが何なのか見えていたが、そのまま無言で自分の部屋に入った。
寝た筈の静雄が暗闇の中、ぼんやりと眺める。視線の先には深い眠りについた愛しい人の姿。気配に聡い人なのに、こうしてすぐ傍で静雄が眺めていても起きる気配は無い。いつだったか、自分の傍にいると安心して良く眠れると言っていたような記憶が残っている。信頼してくれるのは嬉しい。安心してくれるのも嬉しい。だけどそれだけでが足りない。心の中の乾いた感情に動かされるまま、静雄はの髪を1つ摘むと唇を落とした。