部屋のドアが閉じる。そのほぼ同じタイミングで岸谷新羅の携帯から軽快な男の声が聞こえた。深夜という時間帯にそぐわないテンションに、真っ当な常識人ならば眉を顰めただろうが、新羅はいつもと変わらない調子で喋り始めた。


「やぁ、臨也。そろそろ電話して来る頃だと思ったよ」
「へぇ・・・予想済みなんだ」
「まぁね。今日はうちにが居るから間違いなく掛けて来るかと思って居たからね」
「ふーん。それで肝心のちゃんは?」
「アルコールによる睡眠欲の増加で寝たけど」
「静ちゃんも?」
「うん。うちのリビングで2人仲良く寝てるよ」
「あの2人は相変わらずなの?」
「相変わらずだよ。臨也、君が【望んだ通りね】


新羅の言葉に臨也は口元の笑みを深くした。湧き上がる笑いを表情筋を駆使して押し込めるものの、耐え切れずに大きく吹き出した。ククククと携帯の向こうから聞こえる悪人笑いには、流石の新羅も眉を顰める。


「いやいや、非常に滑稽だね!」
「本当に君は静雄の不幸話が好きだね」
「当然だよ。まったく早く死んでくれないかな」
「君を見ているとも静雄も世間一般的に言う『普通の人間』に見えて来るから不思議だよ」
「人間をやめた静ちゃんや藍屋を継ぐちゃんを普通なんて言うなんて、新羅、頭おかしいんじゃないの?」
「あくまで臨也と比べての話だよ。まぁ、やっとも大阪から帰って来たから、ようやく君達の決着も決まる訳だ。僕としてはは静雄と結ばれた方が幸せになれる気がするから、静雄を応援するけれどね」
「そう上手く行くかな?」
「さあね。今の所、【君がに植え付けた歪み】はしっかり彼女の精神の中で根付いているからね。取り払うにもそれなりの代償は必要だろう。けれどあのが数年間大阪でただ大学生をやっているとは思えない。精々、足元を掬われないようにね」


それだけを告げると新羅は携帯を切った。携帯を頬に寄せ、心底嬉しそうに笑う。


「これでようやく役者が揃った。今までずっと停滞していたから、ここから先は一陽来復と行きたいところだね。新宿の情報屋に池袋の喧嘩人形、それに藍屋の六代目。流石に一騎当千は言い過ぎかもしれないけれど、誰も彼も一癖も二癖もある実力者ばかりだ。あはは、高校時代に見られなかったあいつらの決着がようやく見れる。思えば臨也が【静雄を守るために臨也から目を離せない】ようにしたのが全ての始まりだった。それから次にしたのは【静雄では理解出来ないの苦悩を臨也が理解する】だっけ?の弱点を悉く突いたお陰で、は臨也から良くも悪くも目が離せなくなった。臨也がに植え付けた歪みが消えれば、と静雄はめでたく結ばれるだろう。あの飽きっぽい臨也も未だににご執着のようだから、間違いなく必死で歪みを維持するだろうね。けれど維持する以外、当面、直接的な手は打てない。そうなると絡め手で来るのかな。本来、結ばれる筈だった2人をあの臨也が高校3年間全て使って歪ませたんだ。いつまでも歪んだままなのか、それとも歪みは正されるのか。運否天賦と言うところだね。今後も彼らの行く末を見守るとしよう。・・・彼らの結果次第では僕とセルティの関係をより歪に出来る。僕とセルティを繋ぐ糸を歪に歪めれば、幾重にも絡まって僕達が離れる事は無いだろう」


片目を瞑りながら新羅は何れ来る未来を夢想する。どう転がるかわからない今後に新羅はクスリと笑うと、隣の部屋にいる想い人と自分の距離を縮めるように、見えない運命の赤いの糸を手繰るように指をくるくると動かした。



同時刻。の髪を掬いあげる静雄の指の付け根が赤く光ったが、それに気付くものは居なかった。