大学の図書館の入り口は大きな広場の前だ。大学の1から30はある棟全てが、この図書館前の広場を通らなければいけない構造になっている。そのため、広場は学生達の良い待ち合わせ場所になっており、笑い声が絶えない場所でもあった。




図書館のバイトは時々暇になる。受付業務に入ると貸出・返却の学生が来ない限り、席に置かれたノートパソコンで図書館からのお知らせなる物を作るのだ。今日は今月入った新刊リストをちまちまと作っていると、視界に移る影。

「返却。Okey?」
「Okey」

図書館の常連さんだ。渡された本数冊のバーコードを読み取る。ピッと軽快なリズム音と共に現れる本の詳細データ。ふーん、今回は推理物と経済雑誌か。相変わらず読むジャンルがまちまちな事。興味のある物全て目に通してるのかな、と推測。最後に貸出カードを読み取って、カードを本人に返却。ありがとうございました、また来るぜ、といつものやり取り。


スタスタと図書館を出る彼。返却カードに記された名前は伊達政宗。入り口で待つのは可愛い彼女。名前は知らない。








15時になりバイトが終わると、それを見計らったように現れた友人に連れられてやって来たのは大学のカフェテラス。大学のカフェテラス、と言ってもカフェテラスだけで5つ存在するのだが、その中でも一番お気に入りの場所、5号棟の屋上のカフェテラスに来ていた。何も無ければここで友人である彼と雑談をしている事が多いこの頃だ。今日も工業数学の教授のズラが取れただの、友人の誰それが振られただのから始まった会話は、恒例のある男の話題に移った。

「伊達の旦那、また彼女変わったねぇ」
「ああ、今日見ました」
「バイト中?」
「うん、バイト中」
「相変わらずあそこで待ち合わせしてるんだねぇ」
「観察甲斐があるものですよ」
「観察甲斐なの?」
「観察甲斐なのです」

バイトを始めて最初に名前を覚えた常連さんは、彼、伊達政宗と言う名の男である。30もの棟のあるマンモス校な大学は、学生の数も半端ではなく、図書館利用者もそれなりに多い。彼以上に頻繁に借りていく利用者もそれなりに居るのだけど、最初に彼を覚えたのには訳がある。


彼はいつも図書館の入り口前で彼女を待たせ、本を借りたり返したりしている。そして用が済むと待たせた彼女と仲睦まじく大学構内を歩いて行くのだ。問題はしょっちゅう横に居る彼女が変わる事。

「最初は彼女さんが毎回イメチェンしてるのかと思いましたね」
「さすがにそれは無いでしょ・・・」
「よく見たら顔が違うから整形でもしたかなぁって思いましたよ」
「だとしたらかなり気合が入った彼女だね」

目の前の友人のお陰で真相に辿り着けたのは、1ヶ月前。それ以来、図書館に来る彼の事が気にかかるようになった。否。気になるのは彼を待つ彼女の方なのだが。

「今日の彼女さんはチワワ風味でしたよ」
「3日前に見た彼女の事、プードルって言ってなかった?」
「7日前の人はチャウチャウ風でしたね」
「てか、何で犬なのさ」
「一番例え易かったので」
「・・・・・そっか」

何故だか遠い目で友人は手にした緑茶に口をつけた。風が吹く。ふわりと友人のオレンジ色の髪が靡く。柔らかい日差しに照らされたその色は、太陽に似ていて綺麗。そう口にしたら、友人、猿飛佐助はそれはそれは盛大にむせたのであった。


え?もしかして変な事言った?

尋ねると、佐助は口元を押さえ、ぶんぶんと首を振る。お茶が器官の方まで行ったようで、大分苦しいらしい。顔が真っ赤だ。ゲホゲホと咳き込む佐助の背を擦ってあげれば、しばらくすると大分落ち着いたようで、あーと口篭る友人の姿。最近、彼は口篭る事が多い。何か私に至らない事があったのだろうかと首を傾げれば、溜息交じりで彼はこう言った。

はそのままで居て欲しいような、居て欲しくないような、複雑な気持ちだよ」

どういう意味だろうか。