本陣にその伝令が届いたのは、雨が降り始めた頃だった。


「伝令、敵総大将、北条氏直、退却しました!!」
「チッ、折角面白いPartyになるかと思ったのに。温い戦だったぜ」


それはそれはもう面白くないと言う表情になった伊達政宗は、手にした刀を鞘に収めて腕組みをする。いつもならばすぐに勝鬨を上げろと自身の右腕の男に伝える所だが、今日は何故か黙って腕組みをしたままだ。


雨音が徐々に強くなって行く。ポツポツと降り出した雨は政宗にも降り注ぐ。髪から雫が滴るが、一向に気にしない。じっと何かを待つように眼を閉じる政宗を、本陣の誰もが不思議な顔で主を伺っていると、遠くより聞こえるのは蹄の音。すぐに本陣に転がるように入って来た伝令役の兵士は、政宗の姿を見つけると、膝を付き、声を上げる。


「伝令!東側の山道で謎の兵士が出現!!」
「状況は?」
「一番近くに居た白石殿の部隊が取り囲んだのですが、一瞬で壊滅しました」


間近でその戦振りを見た伝令役の声が急に震え始める。あれは鬼と言うしか・・・と言い始める伝令を下がらせた政宗は、意気揚々と先程収めた刀を引き抜く。空が呼応するように稲光り、政宗の刀に稲妻が宿る。


「何かある予感がしたが、こんなSurprise partyは歓迎だぜ。おい、小十郎!」 
「はっ!」
「お前はこの本陣を守っていろ」
「・・・・・まさかお一人で行かれる気ですか!」
「当たり前だ。俺の勘通りならそいつは俺くらいしか相手ができねぇ奴だ」
「しかし、危険過ぎます!」
「Shut up!小十郎、俺は奥州筆頭だぜ?You see?」
「・・・わかりました。本陣はお任せ下さい」


諦めたように息を吐き、傍に居た小十郎が一歩下がる。すると心得た兵士の一人が馬を連れ、政宗に手綱を渡した。馬に乗った政宗は手綱を一度引くと、小十郎、頼んだぜ、と一言残し、颯爽と駆けて行った。まったくしょうがないお方だ。そんな小十郎の小言は雨音に消された。


雨は酷さを増すばかりだった。








東側の山道と一言に言ってもざっと四里の長さに渡る。坂道を駆け下りれば、二里分を走った所で自軍の格好で倒れた兵士達を見つけた。しかし、どれもこれも外傷らしい刀傷が見当たらない。馬から降り、周囲を探った後、兵士達の傍に寄る。倒れた兵士達の中で陣羽織を着た男、部隊を指揮する白石も地に伏せたままであった。軽く体を二三度揺るしてみれば、ううっ、とくぐもった声を上げる。当身を食らったのだろう。白石もどの兵も伸びたまま、雨曝しになっていた。


「奴はどこだ?」


そんな政宗の呟きを知ってか知らずか、雨音に紛れてやって来たのは黒い影。よく見れば稲光を背に浴び、影の様に見えた人間だった。雨に濡れ、外套と布を体と顔に巻き付け、目元しかはっきり見えないが、その分、目に宿る意思の強さがはっきりと伺える。


「Hey,アンタがこいつらをやったんだな?」
「・・・・君は?」
「俺はこいつらの頭さ。そういうアンタは?」
「たまたまこの辺を歩いていた旅人だ。その辺に転がっている兵士達に敵と思われたらしい」
「旅人だぁ?随分、強い旅人も居たもんだな」
「一人旅には危険も付き物でね」
「その剣、我流か?」
「誰にも習った事が無いから我流だと思うけれど・・・」
「悪いけれど、アンタ、ちょっと俺に付き合ってくれねぇか?」
「・・・・・断りたいけど、断っても付き合って貰う顔してるね」
「HA!よくわかってるじゃねぇか!Are you ready?」
「今日は厄日だね・・・」


腰から一本刀を抜いて構えた政宗を見て、仕方なさそうに腰に差した刀を抜いて構える。その姿を好戦的な色を浮かべた独眼に映すと、そのまま政宗は相手に向かって走り出した。


雨音では掻き消されない程の、強く激しい剣戟の始まりだった。








刀と刀が撃ち合う度、真っ白な光と青白い光が走る。光と雷の属性を纏っての真剣勝負は、その撃ち込みの速さを物語るように光が螺旋状に輝いていた。一度鍔迫り合いになったが、力においては政宗に分があった。六爪流で鍛えた腕で押してみれば、思った以上に相手がバランスを崩した。その隙を狙って追撃すれば、体勢を崩した相手の姿がふっと消え、真横から一撃が放たれた。それを刀で受け止め、また政宗が迫り合いに持ち込もうとすれば、受け流され、今度は政宗の方が前のめりになる。そこをすかさず相手が撃ち込めば、六本の剣で政宗は受け止めた。相手にとって不足無し。力では政宗が、素早さでは相手に分があるこの勝負、お互いの力量が同じと見抜いた政宗は惜しむ事無く必殺技を放った。


「MAGNUM!!」
「っ、月花!!」


政宗の放った技が襲い掛かる刹那、相手も同じ様に技を放つ。青の光球と白の光球がバチバチバチバチと凄まじい音を立てて激突する。ジリジリと青が押したり白が押したりと攻勢を続ける内、どちらも消耗し尽くし霧散する。やはり互角。政宗は機嫌良く口笛を鳴らし、相手は心底嫌そうに額に皺寄せた。


「良いねぇ良いねぇ。久しぶりに退屈せずに済みそうだぜ!!」
「強いね、君。嫌な相手に捕まったものだよ」


片方はご機嫌、一人は不機嫌と対象的な二人。相手は構えるものの、そこからピタリとも動かない。相手側から仕掛ける気は無い事を知った政宗は、また刀を構え直し、地を蹴った。








一瞬の気の緩みも許さぬ状況。抜けばその隙を見逃す筈の無い相手が容赦無い一撃を繰り出し、泥でぬかるんだ地に倒れる事になるだろう。容易に想像出来るのは、対峙するお互いの力量故か。一太刀浴びせた方が勝つ。本能的に悟った両者は、何度も撃ち合うが凌ぎ切り、それは四半刻の間続けられた。


最初にその兆しが見えたのは、政宗ではなく相手の方である。フラリと急によろめき出して、慌てて相手が体勢を整える。それを見た政宗はニヤリと笑うと、余力全てを全身に込め、勢い良く撃ち込んだ。再びその撃ち込み全て弾き返すが、先程よりも弾かれた刀に感じる力が弱い。政宗に比べると力が弱く、また体力が少ない。それに加えてこの雨の中、体力の消耗も激しい上、ぬかるんだ大地で持ち前の素早さは大分殺されているだろう。条件は政宗に大分有利な状況だった。政宗は相手に受け流されずに鍔迫り合いに持ち込むと、六爪で畳み掛けた。


「くっ!」


六爪を刀で受け止めたものの、込められた力までは抑え切れなかず、相手は思いっきり飛ばされた。数m先まで飛ばされ、そのまま地へ倒れ込む。起きる気配は無かった。一方の政宗もそろそろ限界であった。刀を手にしたまま、その場に座り込む。肩を息を切らし、しばらく虚空を見上げる。あれ程激しかった雨もポツリポツリと小降りになり、少しずつ空も明るくなって来た。もうじき止むだろう。


一息つき、立ち上がった政宗はゆっくりと先程まで死闘を繰り広げていた相手に近付いた。政宗が近付いても相手は目を覚まさなかった。数回、軽く頬を叩いても起きる様子は無い。精神的にも肉体的にも限界だったのだろう。布の隙間から唯一見える目は閉ざされたままで、眠るように気を失っていた。


「楽しかったぜ」


返事は無い。しかし、政宗は続ける。


「久しぶりに満たされた気がする」


疲労感が色濃く残るが、政宗の表情は非常に晴れ晴れとしたものだった。


「さて、と・・・」


掛け声と共に政宗は剣士の体を持ち上げた。相手に戦意が無かったとは言え、そうそうお目に掛かれないレベルの腕前の持ち主を見逃せず、先に刀を抜いたのは政宗の方だ。結果がどうあれ、このまま転がして置くには少し罪悪感を感じたのである。持ち運び、どこか一目につかない場所に寝かせよう。そう思ったのだが、持ち上げた時、剣士の顔に巻いてあった布が政宗の目の前で揺れた。


それはほんの興味心から起こっただけの事である。政宗と互角の腕前の剣士、話し方や体格から考えても年もそう変わらないだろう。そんな相手と戦い、勝ったのは政宗であるが、状況次第ではどちらに転がってもおかしくない実力者。別れる前に顔の一つ拝んでおこう。そう思って布に手をかけ、ゆっくりと解いていく。


するすると政宗の手に布の束が巻き寄せられ、そこから徐々に現れるのは白い貌。雨水を吸い、顔に張り付いた漆黒に光る髪は肩まで伸びていて。伏せられた目を縁取る睫毛は長く、その様が儚げに見えて。雨で熱を奪われ白く透き通った肌のせいで、余計赤く見える唇。まるで良く出来た人形の様に容貌が整った女に、政宗は一度肝を冷やしたように顔を歪める。


「What is this joke?」


相当の実力者までは見抜いたが、その正体が女とはさすがの独眼竜も見抜けなかったようだ。非常にバツの悪い顔を浮かべ、自分の髪をガシガシと乱暴にかく。男だと思って適当に持ち上げていた政宗は、すぐに抱え直すと再び顔を覗き込む。


目を閉じていても美人だと言える顔立ちである。加えて剣の腕。欲しい。かなり欲しい。てか、持ち帰る。


「こうなっちゃ、仕方ないよな」


迷惑を掛けた以上、責任を持つべきだろう。連れ帰る口実が出来た政宗は、上機嫌のまま女を抱き抱え、馬に乗せ本陣へと帰って行った。




いつもより帰りが遅い主にソワソワしていた小十郎の第一声が本陣一帯に響くのは、それからすぐの事である。


「何、連れて来てるんですか!!」







「と、こんな事があって、連れて来たんだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「竜の旦那・・・」
「政宗殿・・・・・」
「Ah〜?何だよ、その目は?」
「誘拐は駄目でしょ?」
「婦女暴行及び誘拐でござるぞ!は、破廉恥!!」
「お前の頭が一番破廉恥だ!!」


ぎゃーぎゃーと言い合う三人の輪を遠巻きに見ながら、政宗が連れて来た女こと、は大きく溜息をついた。自覚はあまりしていなかったが、改めて考え直すとあの状況はあまりにも異様で、この状況はあまりにも異常らしい。


ちゃん」
「あ、成実さん」
「後悔してる?今の状況?」
「後悔はしてないんですよね。ここ、給料それなりに良いですし、仕事も任されてやりがいもありますし、みんな優しいですから」
「そっか。じゃあ、これからもよろしくね」


よろしくと手を出されれば、はいと答えて握手するべきだろう。例え一番の主が多少の問題を孕んでいても、それを補うメリットがある国だ。差し出された成実の手に自身の手を重ねようと手を動かす。すると、突然、聞き慣れた単語が耳をよぎった。


慌てて振り向くとどうやら主(雇い主)が客人に向かって大技を繰り出したらしい。客人は何とか避けるものの、その後ろの値打ち物の屏風に向かって見慣れた青い光球は突っ込んで行った。後ろに居た勘定役の鈴木元信の「殿ー!!」と言う絶叫が鼓膜に響いた。


は腰の刀を抜き、一気に屏風の前まで移動する。そして瞬時に月花と名付けた技を放ち、政宗の技にぶつけた。過去と同じ様に光球同士がせめぎ合い、次第に消耗し霧散する。障子が技同士の衝突で生じた風で破れていたが、背中の屏風を確認すれば無事だった。


ほぅ、と安堵の溜息をつく。


「てめぇ、何で避けやがる!」
「いや、普通避けるでしょ?」
「避けるしかござらんよ」
「今のはどう見ても政宗様に責任があるかと」
「ってか、殿、あれいくらするかご存知で!!」


ソロバン片手に勘定役、元信の小言が始まり、元信の小言に相槌を打つように自身の小言を口にする、竜の右目こと片倉小十郎。そんな二人を相手にバツが悪そうな表情で髪をかく政宗。その光景を大人しく見る武田軍の若き虎とその部下の忍。握手を求めた成実だけが、の傍でぽんぽんと肩を叩く。


「これからもよろしくして貰えそう?」


二カッと人懐こい笑顔で言ってみるが、の方は目を細めどこか遠くを見ている。そんなを見て苦笑いをした成実は、耳を貸してとにジャスチャーし、成実は耳元でごにょごにょと話す。小言の集中砲火を受ける政宗も見飽きたのか、今度は成実とを見ている武田軍の主従。野生児と優秀な忍のこのコンビは非常に耳が良いものの、二日とか三日とか訳が分からない単語だけが聞こえ、首を傾げた。それでもやる事が無いのでしばらく見ていると、成実が来いとジェスチャーし、それに従った二人も交えて密談が始まる。


「あ?アイツらは?」


最初は小言の二人に圧倒されていた政宗だが、飽きて視線を逸らせばそこには部下が一人正座しているだけだった。


「Hey、綱元。アイツらはどこだ?」
「これを預かっております」


懐から手紙を取り出すと、受け取った政宗が目を通す。忌々しそうに読み終わった手紙を放り投げると、バチバチバチと肩から稲妻が生じた。


「不機嫌ですな」
「不機嫌ですね」


またいつものアレかと思って小十郎が手紙を拾えば、そこにはいつも通りの内容が書かれていた。


ちゃん、転職するって言って聞かないから、説得が終わるまでに城で預かるね〜。追伸、武田の人達も来たいって言うから招待するよ〜」


成実の字である。またかと小十郎が天井を仰ぐ。


美人で有能、かつ性格も良いは政宗のお気に入りなのだが、時々暴走した政宗について行けずに転職を口にする。生まれはどこかわからないが、四国、九州、中国と徐々に北上する旅を続けて来ていて、生活費稼ぎで色んな軍に居た経歴がある。どの軍でも欲しい人材のようだったが、どの軍に居つく事無く、当面の生活費が出来たら旅に出る事の繰り返しだったようだ。今の所、伊達軍が最多所属日数をマークしているが、成実が居なかったらとっくに他国に渡っていただろう。政宗に愛想が尽き掛けた頃、成実が宥めてまた働いて貰う、そんな事が既に4回あった。


「Ah〜〜〜〜〜〜〜」


好きな女は従兄弟の所へ行き、そこに武田のあの二人も同行。それに苛立たない筈がないのだが、今回は明らかに自分が悪い。


今日も米沢城に奥州筆頭の「Gattem!!」という叫びが木霊するのであった。