【駅構内】
1931年12月30日。
シカゴユニオン駅。
ハイヒールの音を高らかに鳴らして歩く女が居た。
カツカツカツカツカツカツ。
ここが人通りの少ない夜の街の片隅なら、その音はさぞかし周囲に反響したであろう。しかし、ここは人の耐えない駅の構内。ハイヒールの音は人々の行き交う足音で綺麗に掻き消されていたが、女の足は止まらない。
カツカツカツカツカツカツ。
静かな場所であれば規則的に響いたであろうその音は、駅のホームで停車する豪奢な列車の前に着くまで絶えず繰り返された。
【ホーム前】
ホーム前に辿り着く。雲で覆われた青い空がの視界に入る。青色のサングラスを外して改めて見れば、予想通り雲一面で覆われた白い空だった。今はまだ白い雲だが、時間が経つにつれて灰色に変わって行くかもしれない。もしかしたら降るかもしれないと空を見て思った。
視界を下に下げる。太陽の下でならさぞかし黒光りしたであろう、光沢のある車体。文字はゴールド、背景は白の列車プレートは車体の色と相俟って、高級感を存分に醸し出していた。
フライング・プッシーフット号。シカゴ発、ニューヨーク行き。
は列車プレートとチケットを見比べ、時計を確認した後、ハンドバックにチケットを仕舞った。時間、列車共に間違いが無い。発車時間までまだ時間があるが、早々と搭乗しようかと歩を数歩進めた所での足は止まった。
指を軽く動かし、サングラスを掛け直す。サングラスの向こう側には、サングラスと同じ青色の、つまりは白色の上下で身を固めた一団がの視界に入った。その数、十人。一見すると結婚式にそのまま参加するような出で立ち。先頭を歩く男女の女の方の出で立ちが、髪に大きな花をあしらった髪飾り、手袋、ドレスであり、白色であり、それらが全て花嫁を連想される物だった。列車内で結婚式かと口にするカップルの傍で、はサングラスの奥で表情を変えないまま、その一団をさり気無く観察し始める。
誰も彼も物騒な気配がした。女の横で談笑する男は特別物騒だ。
(・・・・何かあるかも)
物騒な気配を感じながらも、は素知らぬ顔で白服の一団の横を通り過ぎると、列車の出入口傍の車掌に話し掛けた。
【若き車掌】
豪華絢爛を売りにしている列車、その搭乗名簿にはそうそうたる名前が並んでいた。一等客室には上院議員の妻子に交響楽団の一団、他社の鉄道会社の重役にそして・・・。
名簿を見ていた車掌の目はそこで一度止まる。知った名前を見つけ、少し苦味の交じった淡い微笑を浮かべた。手にした名簿の名前の横に搭乗したかチェック項目欄があるが、その名前の横にはチェックのついていない。
(・・・・あの女、こんな物取ってたのか)
数日前に会った女の顔を思い出そうとしてみたが、黒い髪とトレードマークのように好んで着ていた青い服以外、何も思い出せなかった。車掌として接していたならば少しは覚えていたのかもしれないが、あの時は自分はクレアであり、ヴィーノ(葡萄酒)であった。ヴィーノと呼ばれる所以の殺し方を実行した彼は、部屋の所々に女の死肉を撒き散らし、部屋中を赤く染め上げたのである。
(・・・・まぁ、良い見せしめになっただろう)
ルノラータ・ファミリーに雇われた殺し屋が小物であったら、自分がその時その殺し屋の本拠地に居なければ、女は死ななかったかもしれないが、そんな事はクレアの知った事では無い。実際、ルノラータが雇った殺し屋は女でありながら名高い殺し屋の一人であり、自分はその時『車掌の』仕事でシカゴに居た。それだけの話だ。
若き車掌、クレア・スタンフィールドの読む目が二号車の搭乗名簿に差し掛かった時、不意に話し掛けられて顔を上げる。彼はそこで奇妙な光景を見て驚いた。表情にはおくびにも出さず車掌らしく最初に言った言葉は・・・。
「切符を拝見させて頂きます」