【一等客室】
一等客室の自分の部屋に入る前、廊下では再び奇妙な一団と出会った。先程の一団を白服と称するのならば、こちらは黒服だろう。数は白服の約5倍程。白服と同じく男が大勢、女が1人の編成だ。白服の女があの物騒な集団の中で唯一何の気配も感じさせないのに対し、こちらの黒服の女はかなり物騒な気配がした。程度で言えば白服達の話の輪に居た男と同等だろう。大きな公演を控えているのか、誰も彼もピリピリとした空気を漂わせていたが、黒服の一人と廊下ですれ違った際、火薬の匂いを嗅いだは、白服達を見て感じ取った『何かあるかもしれない』という予感を確信めいたものに変えて行った。
白服も黒服もお互い何かこの列車で行おうとしているのは間違いないだろう。黒服のあの緊迫した空気もそれで頷ける。白服のあの遠足に行く子供のようなテンションの高さを見れば、黒服と仲間と考えるのは難しい。黒服は上司らしき40代後半の男に統率されていて、まるで軍隊のような無駄の無い動きだ。ハイテンションな白服達と同じ部隊だとも思えないし、協力関係にあるようにも見えない。
厄介な団体が2組も、よくもまぁ同じ時刻同じ列車に偶然とは言え乗り込んでくれたものだと思う。
(・・・何かある)
その確信を胸には騒ぎになる前に食事をしようと食堂車に向かった。
【一等客室廊下】
無事にフライング・プッシーフット号は出発した。夕方に出発したこの列車が到着するのは翌日の昼頃。その間に車掌としてクレアは仕事をしなければならない。
出発した後、クレアは仕事を淡々とこなす。車内を見廻りする事も重要な仕事の1つだ。その仕事に乗じて、クレアは『もう1つ仕事』をするつもりだった。
一等客室の客の1人。・シードと名乗った女。上から羽織ったボレロこそ白色だったが、それ以外は青系統で統一した服装。そして腰まで伸びた黒い髪。
それは昨日、殺した筈の女、通称、ルージュと呼ばれる殺し屋とまったく同じ特徴であり、その殺し屋の本名も・シードと言う名前だった。
情報屋から回して貰った情報の場所に住んでいたのは、間違いなく昨日殺した女の方である。裏付けを取った上での行動だ。人違いで殺したとは思えなかった。
それでもクレアの中に残る疑問が一つ。
(あの女、名高いって言う割りに大した事無かったよな?)
ヴィーノの名前を持つこの男と比較したら、どんな腕利きの殺し屋も霞んでしまうのだが、世界の中心であるクレアにとって、名高いと言う事は『自分よりは強くないがそれなりに強い者』を指す。強いと言うので久しぶりに本気で殺るつもりで、慎重に殺し屋の自室に進入して背後に回って首に力を入れて・・・・。
そこでおしまいだった。
何の抵抗もされずに終わってしまった。一般人と何も変わらない殺し屋に失望し、つい力が入っていつも以上に遺体を損傷させ血を撒き散らしてしまったのはクレアの記憶に新しい。もしかしたら、ひょっとしたら、という思いが頭を何度も過ぎる。人違い。それはクレアにとって汚点になると同時に、新たな楽しみをもたらす可能性を秘めていた。
(まぁ、聞けば良いだけだ)
同姓同名の別人なのか、それとも今乗車した女が本当の殺し屋ルージュなのか。殺し屋家業を始めて最初にして最大の失敗と向き合わなければならないかもしれないが、それでもクレアの表情は明るい。久々に本気で楽しめるかもしれない。向こう側から近付いて来る乗客に気付き、表情を引き締める。
顔を若き車掌に変えると、クレアは人の良い接客向きの笑顔で目的の部屋のドアを数回ノックした。返答が無く、声を掛けるが静かなまま。ゆっくりとドアを開けて見ればそこはもぬけの殻だった。
【食堂車】
列車内はどこも豪華なデザインではあるが、客室のグレードが上がる度に豪華さが増していると言って良いだろう。一等客室から食堂車までの一本道を歩いて来たは、一等客室の無駄な豪華さ、金持ちが仰々しく飾ってあるような派手な彫刻を塗り込めたような壁を見て、そのセンスの無さに呆れて物が言えなかった。しかし、一等客室から離れるに従ってその仰々しさは徐々に薄れる。
食堂車の中に至っては確かに豪華ではあるものの、全身を高級品で固めた者も薄汚れた服装の者も入り混じって食事を楽しんでいる光景を見て正直ほっとした所もあった。
テーブル席は殆ど埋まっていた。一人で四人掛けのテーブルに座る気も無いし、座ったら座ったでナンパ目的で相席しようとする人間も出てくるかもしれない。過去にその手の経験があるはバーカウンターの空席、ブロンドの髪の女の隣に腰を下ろしてオレンジジュースを注文した。
オレンジジュース片手にバーカウンターに座っている二組の男女を眺めてみる。一組は西部劇から飛び出して来た服装の男女だ。おそらく恋人同士なのだろう。噛み合わない会話をしているが、その息の合った掛け合いに付き合いの深さを感じる。その隣で楽しそうに笑うもう一組の男女も恋人同士なのかもしれない。火傷の跡が見られる顔、眼帯の上に眼鏡と言う珍しいスタイルの女の話を良く聞いていれば、連れの男にはタメ口なのに対して他には一切敬語と言うスタンスを取っている。
その『特別扱い』がには微笑ましく感じられた。
サングラスで薄く隠した目を細める。ふと呼ばれたような気がしたので横を見れば、西部劇スタイルの女が話し掛けて来た。
「こんばんわ。貴方はどこまで行くの?」