【青の女の夢】

声を掛けられ、自己紹介から始まった会話は思った以上に楽しかった。


ガンマンスタイルの男がアイザック、顔に剣の刺青の男がジャグジー、その隣の眼帯の女がニース。そして話し掛けて来た、西部劇では踊り子が切るような肩の出た服の女がミリアだ。服装の落差が激しい食堂車の人々の中で、全員目を惹く風貌の者ばかりだ。ミリアとアイザックは友達に会いに、ジャグジーとニースは仕事を探しにニューヨークまで行くらしい。


さんはニューヨークには何の用で行かれるのですか?」


隣に座るニースが尋ねる。私は・・・さて、何と答えよう。


「旅行の最中なんですよ」
「旅行?」
「ええ、世界中巡り歩いていまして」
「お仕事の関係ですか?」
「いえ、私、未来の旦那様を探しているんですよ」
「旦那・・・・様・・・?」


突拍子もない返答に、ニースがおそるおそる聞き返す。


「ああ、変わってますよね。成人する間までに結婚相手を見つけられなかった者は、伴侶を求めに旅立つと言う掟が私の一族にありまして。その最中なんですよ」
「なんというか、大変そうですね」


ジャグジーが労いの言葉をかけるが、首を振る。


「いえ、色んな場所を見れるので、これはこれで楽しいですよ」
さんくらい綺麗ならば見つけられそうですけれど・・・」


意味有り気な視線でニースが言う。ミリアも同意して頷くのだが、は再び首を振って苦笑いを浮かべた。


「私の理想が高いのか、なかなか見つからないんですよ。ニースさんやミリアさんみたいに、良い人が見つかれば良いんですけど」


その後の二人の反応は、初々しいものであったり、見せ付けてくれたものであったりして、見ている側からしたら羨ましくもありやはり微笑ましいものだった。


ミリアは嬉しそうにアイザックの腕に手を伸ばしてにこやかに笑い、ニースはうっすらと頬を赤らめた。ちなみにジャグジーはニース以上に顔が赤く、バーテンとしてカウンターに控えていたヨウンに小声でからかわれていた。


の理想の旦那様ってどんな人?」


ミリアが聞く。周囲も同じ疑問を抱いたのだろう。興味深そうな顔で話の中心人物の顔を見た。一方のは少し困った表情を浮かべ、しばし思案した後、己の理想の旦那様を口にするのだった。





【疑惑】

食堂車にクレアが入ると、カウンターに座る青いドレスの女の後姿が目に入った。仕事に漕ぎ付けて女の素性を調べる為、女の取った部屋を尋ねたのだが、中に誰も居なかった。がらんとした空間を目の当たりにしたクレアの脳裏に真っ先の浮かんだのは『逃走』の二文字だった。


感づかれたかと思い、各車両の見廻りをしながら女の姿を探したのだが、比較的早い時間に女は見つかった。女は他の乗客と談笑中だった。女の掛けていたサングラスは外されていて、その顔を見れば・・・微笑を湛えた美しい横顔が見えた。


不覚にもその横顔にクレアはしばし見惚れてしまった。自分の中の女に対する疑惑が少し薄れた事に気付き、内心苦笑する。


(美人だ)


街中を散策中に出会って居たのならば、いつものお決まりの言葉を掛けていたのかもしれない。しかし、ここは列車内で今のクレアは車掌だ。仕事以外、乗客に声を掛ける訳にはいかない。


仕事用の笑顔を顔に貼り付けながら車掌として食堂車の中を歩き回る。談笑しているバーカウンターの横を通りかかった時、その言葉がクレアの耳にも届いた。


「いえ、私、未来の旦那様を探しているんですよ」


その言葉に談笑相手達の表情は勿論、空気までも変わるのがクレアにもわかった。面白そうにする者、自分の耳を疑う者、驚いた者と様々だ。刺青の男が女に労りの言葉を掛けるが、女は首を振り否定する。楽しいですよと言う女の言葉に、刺青の男もぎこちない笑顔を作って見せる。


会話は続く。クレアは仕事の振りをしながら会話を盗み聞く。女はどこかの変わった風習を持つ一族の出身で、掟に従って伴侶を探す旅の最中らしい。小説に出て来そうな身の上だ、とクレアは思う。これほど美しい女ならば、得たいと思う男は数多くいるだろう。談笑相手の女も同じ事を思ったのか女に尋ねるが、女は再び首を振って理想が高いから見つからないと苦笑交じりに漏らした。


(これだけ綺麗なら理想が高いのも仕方ないだろうな)


別の談笑相手の女が理想の男を尋ねる。顔が良い、金がある、権力がある。陳腐な言葉が頭を過ぎったクレアの予想を打ち砕く言葉が、女の口から飛び出した。


「理想ですか?そうですね。私自身、武術を嗜んでいるので、第一に強い男が良いです」


その時、クレアはやはり世界の中心は自分だと確信したそれは。クレアにとって都合の良過ぎる話だった。強さにおいてクレア以上の存在をクレアは知らない。強い事を証明すれば、この女はクレアに靡いてくれる事もあり得るのだ。


しかし、女が殺し屋の可能性も捨て切れない。この女が万が一殺し屋だった場合、ガンドール兄弟の暗殺依頼を受けている以上、殺すか任務放棄して貰うしかない。名高い暗殺者にとって受けた任務を放棄する事は、廃業に等しい行為だ。説得した所で飲むはずが無い。そう、通常の説得ならば。


(万が一の場合は、そうだな。気は進まないが足を折るとかして殺し屋を廃業して貰えば良いか)


最もそれは女が殺し屋で自分の愛を受け入れてくれた場合の話であり、クレアの頭の中では様々な状況に対する対策がいくつも練られていたが、そんな事を微塵も感じさせない営業スマイルを浮かべて、表向きは仕事熱心な車掌の姿を見せていた。





【発砲】

会話に夢中になり過ぎて、気が付けば大分時間は経過していた。あの後、チェスと名乗る子供と上院議員の妻子がカウンター席に加わり、話の輪が広がった。時計を見ればもうじき18時30分になろうとしていた。


(一度部屋に戻りますか)


席を立ち、仕事を片付けなければいけないので、と口にして食堂車を出た。連結部に入った所で、一発の銃声がの耳に入った。が警戒して周囲を窺う。音の反響から推測するに、ここから発砲場所までかなり距離がある。とりあえずはここから真っ直ぐ奥まで進む事にした。


周囲を窺いながら歩くものの、発砲現場らしき場所は見つからない。気が付けば列車の最奥、車掌室の傍まで来ていた。そこではおかしな事に気が付く。扉が開けっ放しになっていて、奥から微かに悲鳴のような声が聞こえるのだ。 何故か列車の車輪の音に混じって。


は少し悩んだ後、意を決して車掌室へと踏み込んだ。


の予想を遥かに越えていた光景がそこにあった。眉間を撃たれ事切れた年老いた車掌がまず目に入る。傍には拳銃が転がっていた。眉間のど真ん中を撃たれている以上、自殺ということは無いだろう。
そうだとしたら、この場に居ないもう一人の車掌が怪しいのだが。先程から列車の進むガタンゴトンと言う音と紛れて聞こえる、何かを巻き込むような音と人の悲鳴はその車掌のものだろうか。


恐る恐る開けっ放しになった扉の向こうに歩み寄ろうとした瞬間、




何かが中に飛び込んで来た。