【青の女の探しモノ】
自己紹介から始まった会話は思った以上に楽しかった。ガンマンスタイルの男がアイザック、顔に剣の刺青の男がジャグジー、その隣の眼帯の女がニース。そして話し掛けて来た西部劇では踊り子が着るような肩の出た服の女が、ミリア。服装の落差が激しい食堂車の人々の中で、全員目を惹く風貌の者ばかりだ。
ミリアとアイザックは友達に会いに、ジャグジーとニースは仕事を探しにニューヨークまで行くらしい。
「さんはニューヨークには何の用で行かれるのですか?」
隣に座るニースが尋ねる。私は・・・・・さて、何と答えよう。
「探している人が居まして。その人がニューヨークに居ると聞いたので会いに行く所なんです」
「へー、そうなんだ」
「どんな人?」
「・・・・そうですね。強いて言うならば知り合いの知り合いでしょうか?」
曖昧に言葉を濁したものの、特に気にした様子も見せずに「そう」と納得した声音でニースが呟いた。何となくだが、彼女も彼女で何らかの事情を抱えているような、そんな空気をは感じ取った。お互い様と言う所なのだろう。
もしこの場でが探し人の名前を告げて居たならば、これから起きる事件に巻き込まれずに済んだのかもしれない。探し人と遠からず縁がある人間が列車内に三人居た事を知る由もないは、あまり深く聞かれたくない話だと思っていたので、この場でその名を口にする事が無いまま、取り留めの無い話をして楽しいひとときを過ごしていた。
【監視者】
食堂車にクレアが入ると、カウンターに座る青いドレスの女の後姿が目に入った。仕事に漕ぎ付けて女の素性を調べる為、女の取った部屋を尋ねたのだが、中に誰も居なかった。がらんとした空間を目の当たりにしたクレアの脳裏に真っ先の浮かんだのは『逃走』の二文字だった。
感づかれたかと思い、各車両の見廻りをしながら女の姿を探したのだが、比較的早い時間に女は見つかった。女は他の乗客と談笑中だった。女の掛けていたサングラスは外されていて、その顔を見れば・・・微笑を湛えた美しい横顔が見えた。
不覚にもその横顔にクレアはしばし見惚れてしまった。自分の中の女に対する疑惑が少し薄れた事に気付き、内心苦笑する。
(美人だ)
街中を散策中に出会って居たのならば、いつものお決まりの言葉を掛けていたのかもしれない。しかし、ここは列車内で今のクレアは車掌だ。仕事以外、乗客に声を掛ける訳にはいかない。
仕事用の笑顔を顔に貼り付けながら車掌として食堂車の中を歩き回る。談笑しているバーカウンターの横を通りかかった時、その言葉がクレアの耳にも届いた。
「探している人が居まして。その人がニューヨークに居ると聞いたので会いに行く所なんです」
探し人。その言葉に女に対しての疑惑が少し薄れた。
一般社会の中で生活する殺し屋の大半は、それと悟られずに平凡な人間を装って過ごすのが日常化している。依頼を受けた時は目立つ事を恐れ、言葉遣いや発言にも気を掛ける。ここで女が仕事や友人に会いにと言った、在り来たりな返答を返していたら可能性は薄れなかったのだが・・・・。
(ん?何だ、あいつ。)
仕事中のクレアの横を一人の男が横を通り過ぎた。その時、クレアは『何か』を察知した。
クレアは目が良い。物理的な面は勿論だが、この場合は様々な職業をこなした事で養われた鑑定眼を指す。一見すると普通のサラリーマンと言った風体の男だったが、よく見ると後姿に隙が無かった。最も、一般人と比べたらの話だが。
食堂車を出て行った男を追う為、周囲に気付かれないよう、時間を置いてから食堂車を出れば、連結部を通り、一等客室の車両に差し掛かった時、男の姿を視界に捉えた。
廊下で周囲を窺う男。男の死角部分に身を隠すと、クレアはじっとその動向を眺めていた。
周囲を確認し、誰も居ない事を確認すると、男は客室の扉に手を掛けると中に消えて行った。真ん中の左側の客室。そこは先程食堂車で食事をしていた、あの女、の部屋だった。
【当人の知らぬ所で】
気配を消して奥の扉の傍まで移動する。そして、扉を開けた。
突然の侵入者に男は身を震わせた。だが、侵入者の服装を見た途端、表情を柔らかくする。そして男は言った。
「車掌さん、何の御用ですか?」
男の意図が見え見えでうんざりとした気分になったクレアだったが、車掌の時の笑顔を貼り付けたまま尋ねた。
「お客様。お部屋をお間違えではありませんか?」
この台詞にどう反応するか。
食いつくか、それとも否定するか。クレアの言葉に食い付いた男は、ああ間違えたようだな、と、謝罪の言葉と共に部屋を出て行こうとしたが・・・寸での所でクレアに押さえられた。
「何をする!」
暴れる男の腕を後ろに回して押さえる。それでもなおも抵抗を続けるので、クレアは上から押さえ込む。客室荒らしの盗人の類か、それとも一人旅の女に変な気を起こした類か。まだどちらとも判断が付かないが、捕らえておこう。クレアは男の鳩尾にほんの少し力を入れると、男はガッと呻いた後、床に崩れ落ちた。
崩れ落ちた男をクレアは冷ややかに見下ろす。ロバート=スミス。乗客名簿にはそう名前が記されていたが、偽名の可能性が高かった。傍に膝を付き、スーツのポケットを漁る。すると・・・
(これは・・・)
黒皮の薄い手帳のような物が内ポケットから出て来た。車掌の手袋をしたまま、クレアは手帳を開く。見るとそれは身分証であり、そこに記されたいたのは男の名と職業。
アーサー=レイト、28歳。BOI捜査官。
(やはり偽名だったか)
捜査官ならば対象に気付かれない為、偽名を使う事もあるだろう。ここまでは問題ない。問題なのは、『何故この列車に乗ったのか?』という事と、『何故の部屋に侵入したのか?』だ。
白服の一団、黒服の一団。共にどこか違和感を覚える二つの団体を調べているならばわかるが、何故なのだろうか?
(あの女はやはり殺し屋か?)
納得が行く理由ではあったが、何故か女から感じ取れる空気は殺し屋だけが纏えるソレとはまた違う。
(まぁ、後で聞けばわかるだろう)
からかこの男からか。どちらから先に聞くか決めていなかったが、どちらでも良かった。最終的には両方から聞く事になるのだろうから。
そうクレアは考えると、気絶した男を酔っ払った客のように見せ掛けて廊下に連れ出すと、ある一角までやって来た。緊急時や点検の際に開くよう、どの車輌も一箇所床が開く構造になっている。そこを開くと、クレアは周囲に人が居ない事を確認し、男を抱えたまま、するりと中に消えて行った。