【消される】

発砲音が聞こえ、車掌室の前に居た4人の間に緊張が走った。ジャグジーの仲間らしい男が1人やって来て、別の仲間の1人が捕まった話を伝えた。の予想通り、黒服達が動き出したらしい。しばらくは列車内はパニック状態になるだろう。冷静に状況を頭に入れて行くの横で、ジャグジーが涙を流しながらも周囲を奮い立たせる力強い声で宣言した。


「黒服とレイルトレーサーをやっつけよう」


その声は先程とは比べ物にならないほど穏やかで、涙の跡が消えない瞳からは力強ささえ感じられた。


(良い目をしている)


そんなジャグジーに呼び起こされるように、も覚悟を決めた。


仲間が貨物車輌の一室に捕われている。その話を聞いたも協力を申し入れたが、危ないからと断られてしまった。


(この格好では仕方が無いか)


の細腕を見て強いと思う男はまず居ない。腰も足も細く、華奢だ。着ている服も靴も戦闘には不向きである。下手に気を分散させるよりは良いと思い、は協力は諦める事にした。


危ないから食堂車に居た方が安全ですよ。まさかその食堂車が制圧されているとは思わなかったのだろう。は勧められるがまま、食堂車に向かう事にした。先程の銃声の発砲先が気になったので、それを途中で探ろうとも思ったのである。


貨物車輌でジャグジー達と別れ、はそのまま真っ直ぐ歩いた。三等客室を通り過ぎ、ドアを開ける。風が強く吹き、の髪とドレスの裾が揺れた。


(風が強いな)


その風の強さに吹いた方向を見た瞬間、の姿は連結部から完全に消えてしまった。





【貴方は誰?】

貨物車輌の一室を占拠していた黒服達を一掃したクレアは、窓から外に出てすぐに探していた青いドレスの姿を見つけた。三等客室から連結部を通って二等客室へ。移動する女を連結部で待ち伏せすると、抱き抱える形で連れ去った。


唯一誤算があれば、行動に出た時に強い風が吹いた事だろう。風が吹いた事で横を見た女はクレアに気付くものの(最も人と即座に気が付いたか謎だが)何の抵抗も出来ずに終わった。


車輌の側面、クレアは片手の指の力だけで捕まっていた。腕の中には女がいた。もがきも叫びもしなかったが、訝しげにクレアを睨む。しかし、ふと表情を変え、


「貴方、車掌さん?」


と尋ねた。


車掌は確か2人と呟く女は、思った以上に冷静で、それで居て頭が良い。そうクレアは評価する。評価イコール警戒に値すると言う事だが。


「お前、何者だ?」


クレアは女の問いに答えなかった。女は乗客と短く答えると、クレアは女の顎を捕まえ、その目を覗きこむように顔を近付けて再度尋ねた。


「もう一度聞く。お前は何者だ?」
「だから乗客。貴方、乗車の時にチケット見たでしょう?」


女の瞳は揺るがずにクレアを見据えた。クレアも同じように女を見る。


(嘘は言っていない、が・・・)


「じゃあ、何でお前が『ガンドールの鍵』を持っている?」


その言葉に女の双眸が大きく見開いた。


(当たり、か)


目に映る小さな反応を窺わなくても、充分わかった。細い体が動揺で震えるのを、抱える腕が感じ取った。


「貴方もあの人達と一緒で鍵が欲しいの?」


あの人達とは先程クレアが処理したルノラータの2人の事だろうか。あの2人と一緒にされるのは癪に障るが、欲しい事には変わりが無い。それはクレアの家族の物であり、それはイコールクレアの物なのだから。


そうだ、と告げればの顔は怒りに染まった。だが、この状態で何が出来よう。体はクレアが拘束しているし、例え抜け出せてもそのまま真下へ落下。走る列車から飛び降りる事と同じ事だった。


だが、その判断がクレアにとって大きな選択ミスになる事など、今の段階では知る由も無かった。





【怪物現る】

ビリリとクレアの腕に電流が走った。強烈と言う程では無かったが、それなりに強く、筋肉の伝達神経がほんの一瞬麻痺してしまった。僅かに緩んだ腕。女を落とすと不味いと麻痺した腕に再度力を込めたが、その前にはするりとクレアの腕から抜け出し、列車の屋根へ上がって行った。急いでクレアも後を追う。


屋根の上に上ると、女の髪が風に靡いているのが見えた。青いドレスの裾もパタパタと忙しなく動いている。逃げずに留まった女を不可解に思う中、女は追って来たクレアを見定めるように見つめていた。


華奢な体、綺麗な顔。それにそぐわない鋭い瞳が2つ、薄暗い空間で獲物を狙う捕食者のように光るのをクレアは見た。


「お前、何者だ?」


先程と同じような質問をクレアは投げかけた。女は今度はそれに答えず、「貴方こそ何者?」と尋ね返す。


「俺か?俺はレイルトレーサーだ」


目の隈以外血で塗れたクレアは楽しそうにそう名乗った。先程クレアの正体を見抜いた女も、それを聞いて「私もただの乗客よ」と再度口にする。その言葉にクレアはますます笑みを深めた。


「お前が何者でも良いさ。ガンドールの鍵さえ返してくれたらな」
「渡す訳ないでしょ」


それはクレアにとって、最終警告に等しかった。


美しい女。綺麗な女。自分好みの容姿の女。殺すのは惜しかった。自分の物にならなくとも、綺麗なまま残って欲しかった。


何故、が鍵を持っているのかわからない。ガンドールの金庫番を殺したのはルノラータファミリーに所属する男2人だ。それは間違いない。クレア自ら報復と鍵の行方を求めて動き、実行犯2人を捕まえ、自白させたのだ。


問題は鍵をいつが手に入れたか。


「なぁ、お前、その鍵、いつ手に入れたんだ?」
「貴方には関係の無い話よ」
「あるさ。俺はガンドールの3兄弟とは知り合いでね」
「そう言って来た人、一杯居たわ」


女は皆、違ったけれどと切り捨て、そのまま黙り込んだ。


ガタンガタンと列車の車輪の音がする。取り付く島の無いに、クレアは再び身柄を拘束しようと動いたが、本能が激しく警鐘を鳴らした。


反射的に動いていた。身を低くして強い威圧感を感じる何かを避ける。何故、反射的に動いたのか考える暇を与える事無く、見えない何かはクレアの髪の毛先を強く揺らして通り過ぎて行った。


もし身を低くしていなければ、物凄い強風のような何かに押されて、遠くに飛ばされていただろう。未だ嘗て見た事も聞いた事も無い力。それは子供の頃に絵本の中にあった『魔法』と呼ばれる力にも似ていた。


「大怪我をしたくないなら、帰って。お願い、レイルトレーサー」


そう、もう1人の怪物が告げた。