の裏の顔を知る人間は数少ない。




家族では両親と従兄の3人。言っても聞かない。止めても止まらない。そんなの性格を熟知した従兄は、絶対に正体を知られないようにと念押しし、宗春達が引退したら身を引くようにと約束した上で従妹を安生に放った。精々小耳に拾った情報を宗春に流す程度だと考えていたのだが、2年後、安生の魔王と恐れられる存在になるとはまったく考えてなかった。内心、そろそろ辞めて欲しいと考えているのだが、約束を盾にされてはの言い分に頷くしかない。どの道、は1年ちょっとで高校を卒業である。卒業後、進学の為に安生市を離れる予定なので、それまでと割り切って見守っていた。ちなみに両親は本人の自主性(以下略)の方針で何も口を出していない。


次にの幼馴染の毒蛾達。宗春を始め、そう呼ばれる彼らは幼稚園、もしくは小学校からの長い付き合いだが、彼ら全員がの裏の顔を知っている訳ではなかった。座黒兄弟。兄の亜希、弟の真希。とも親交が深く、特に真希は会う度に飯を作れというくらい、砕けた付き合いをしているのだが、付き合いが長いからこそ、相手の良し悪しを十二分に理解しており、口が軽い訳では無いが、『うっかり』の多いこの兄弟にはは最初から己の裏の顔を隠した。


そして毒蛾の幹部達。その中で中学以降から顔を合わせる事になった男達の中で、唯一の裏の顔を知る男は国吉洋次、ただ1人だけだった。彼らを信用していない訳ではない。ただ知る人間が増えれば増えるほど、情報漏えいのリスクは大きい。だからこそ、は己の裏の顔を徹底して隠した。前川宗春、伏見昇、吉田瑞穂、畑日出男、高城忍、国吉洋次。以上、6名がの裏の顔を知る毒蛾の関係者である。


最後にの部下。本人は協力者と呼んでいるが、彼らは自らを魔王の手下と自称する程、に心酔していた。同様に普段は己の正体を隠しながら情報収集に勤しんでいる。彼らは飲み屋の店員であったり、高校の風紀委員であったり、バイクショップのアルバイトであった。彼らはの、そして前川の幼馴染達でもあった。毒蛾に入る程の喧嘩好きでなかったり、どちらかと言うといじめられっ子で前川達に昔良く庇って貰ったり、そもそもの性別がと一緒で毒蛾に入れなかったりと様々な事情があるものの、幼馴染達の助けになりたい、安生鬼塚地区が好きだと言う想いからに協力を願い出た3人だった。


12人。魔王の正体を知る人間である。国吉を除けば、全員がと10年以上の付き合いを持つ間柄で、国吉はこの事を知った時、最大級の信用と信頼を寄せてくれた事に気付き、密かに感動していた。




さて、普段は一同に会さない彼らだったが、珍しく大半が集まる状況が出来た。毒蛾の幹部6人、魔王と(自称)手下の4人。両親が遠方の親戚の家に行く事になり、留守を任された宗春が幼馴染達と右腕の国吉をアパートに招いたのだった。3人家族のアパートに10人。しかも大半が体格が良いともなると、廊下を擦れ違うだけでも一苦労だ。台所テーブルと椅子を隅に寄せ、全員床に座って乾杯する。全員が毒蛾の関係者なので、話題も自然とそちらの方に傾いて行くのだが。


「そう言えば聞いたか?板倉と村岸がブソーって奴らに喧嘩売ったらしいぜ」
「はぁ?」


初耳だった。以下、情報担当のメンバーが驚きの表情を見せる。


「ブソーって武装戦線の事かい?」


飲み屋の店員をしている土井敦士の問いに、瑞穂は大きく頷いた。


「武装戦線。確か平野が今住んでいる街のチームじゃなかった?」
「ああ、確かあいつが作ったチームと揉めた所だ」


安生市で1番の進学校の風紀委員をしている鹿島雄大が、ビール片手に畑に尋ねる。高校では優等生をしている鹿島だが、実はアル中と言われる畑と同じくらいの酒好きだった。


「平野ねー。懐かしいなぁ。確か、彼、に告白しなかったっけ?」


バイクショップのアルバイト、宮崎ひかりがぽろりと爆弾発言をする。その発言に興味津々の目がに集まるのだが、は片手を振って無いと否定した。


「ひかり。平野に告白されたのはゆっこの方だよ」


きちんと情報を正す事も忘れない。


「その平野云々の話はまた今度にして。何であいつら武装に喧嘩売ったんだ?」


宗春が国吉に話を振るが、国吉も「さぁな」と短く返すだけだった。毒蛾のトップ2人が知らないとなると完全にその2人の独断行動だろう。


は何かわからないか?」
「推測程度で良ければ話せるけど」
「頼む」


基本的にの情報網は安生の魔王と呼ばれるほど凄まじいが、その力が及ぶのは安生市だけに限られる。安生を離れた地域に関してはツテが無いのであまり詳しいとは言えず、精々安生市にまで流れて来た噂を耳に留める程度で、今回の毒蛾幹部、板倉と村岸の行動に関しても安生市以外で起きた話だったので耳に届いていなかった。


「確か板倉と村岸は平野の幼馴染だった筈。そうだよね、宗春?」
「ああ、俺は平野と小学校からの付き合いだが、あの2人はもっと古い筈だぜ」
「確か年末年始は向こうに居る親戚に会うついでに平野に会うって聞いてるから、おそらく平野が率いる黄泉の梟のメンバーとも顔合わせしたんじゃないかな?そこで黄泉の梟と揉めた武装戦線の話を聞いて、武装戦線を見物しに行ったんじゃない?実際会って見て面白そうだから喧嘩売った、と。喧嘩売ったって言ってたけど、どの程度やらかして来たの?」
「頭と副頭の名前出して、挨拶して来たらしいぜ」
「あの2人が挨拶だけで帰ったって事は相当つえーって事だよな」
「個人で戦うには勿体無い相手か。こりゃ、面白くなりそうだぜ」
「あんた達さー。今度、双頭龍とやり合うの忘れてない?1度に2チーム相手はきついんだけど」


の言葉に口を開いていた全員が黙る。助け舟を出したのは今まで静観していた国吉だった。


「ま、急には来ないだろ。チーム名やあいつらの名前は梟繋がりの人間から割り出されるが、乗り込むにしても情報がなければあっと言う間にやられてしまう。それくらい向こうもわかってるだろうから、しばらくはこちらの情報収集に徹するだろうよ」
「武装の情報収集ねー。うちら、安生専門だからなぁ。大丈夫かな」
「顔があまり割れていない奴を後で向こうに送るさ。構成員や溜まり場さえわかれば、その情報からいつも通りが分析してくれるだろ」
「頼りにされてるわねー。ま、やってみますか」


軽く溜息を吐きながらもはやる気充分な様子だった。春が来ればも高校3年生。こうやってこんな事が出来るのもあと僅かだとわかっているのだ。幼馴染達が最後にでかい花火をあげるのならば、最後まで付き合おう。そう考えていたのだ。


遠くで除夜の鐘がなる。中学2年生から始まった彼らの青春は、少しずつ最終章に向かっていた。