ある雪の降る夜の事。


宗春は国吉を通じて毒蛾全員を鬼塚地区のとある工場前に集めた。数年前に閉鎖され、今では毒蛾の溜まり場の1つとされている場所だ。車、バイク、原付が工場前に乱雑に並び、前川は自分の車を見慣れた車の横に着けた。


「よぅ、全員集まったか?」
「今日来れる奴は全員集まったぜ」


国吉の言葉に宗春は龍狩りを一旦中止する旨を伝えた。既に虫の息である双頭龍を何故潰さないのか。仲間達から湧き上がる疑問に、国吉が答える。


「美川を誘き寄せるか。それなら仕方ねぇな」


幹部の一人、川代次郎が承諾する。今回の龍狩りの原因になったフクロにされた少年と川代は同じアパート棟に住んでおり、少年が高校に上がれば川代の推薦で毒蛾入りする予定であった。川代が承諾した事で他の幹部も了承。これにより龍狩りは一旦打ち切られ、双頭龍のメンバーは
リベンジに燃えながら傷を癒して行くのだった。




宗春達がメンバーを集めて会合を開いている時刻。安生市から数十キロ離れた戸亜留市の喫茶店ブライアンには、4人の男達が密かに集まっていた。武装戦線7代目頭、村田将五。同じく7代目副頭、藤代拓海。片倉と村岸に喧嘩を売られた男、小林一善。そして、京本新市。先日まで親戚の家で寝泊りし、毒蛾を初め、安生市の情報収集に励んでいた男である。


毒蛾の成り立ち。構成員数。毒蛾の頭、前川宗春について。副頭、国吉洋次について。淀み無く新市は説明していたのだが、不意にその口が止まった。


「どうした、新市?」


この件を新市に託した一善が尋ねる。


「あ、いえ、今回、情報を集めている時に何度か耳にしたのですが」


新市が姿勢を正す。


「安生市には『安生の魔王』と呼ばれる人間が居るそうです」
「魔王〜?九里虎みたいな奴か?」


戸亜留市にも大魔王と呼ばれる男が居る。その為、新市の言葉を聞いた一善は真っ先に思いついた答えを口にするが。


「いえ、安生の魔王の正体は周りには知られていません。毒蛾の連中同様、安生市鬼塚区出身で、毒蛾の背後についていると噂されています。毒蛾の幹部すらその正体を知らないらしく、毒蛾の頭か副頭ならば知っていると思いますが、過去に魔王の正体を掴む為、副頭の国吉を拉致る計画を立てたチームがありましたが・・・」
「どうなったんだよ」
「国吉が1人の時、襲撃しようと取り囲んだのですが、その時には既に毒蛾の連中に取り囲まれていたそうです」


新市の言葉に副頭である拓海の目が鋭く光った。頭の将五も興味深そうに呟く。


「毒蛾は喧嘩上等のチームで、喧嘩を売られたら喜んで買いに行くような人間の集まりなので、未遂で終わりましたが、国吉襲撃に関しては不問にしたそうです。その代わり、魔王を害そう人間にはトコトン容赦が無く、そのチームはその日完膚なきまで叩きのめされて、解散したそうです」
「おっかねぇなぁ」


怖い怖いと一善が繰り返す。


「魔王は安生市で起きた事ならば全て耳に入ると言われています。もしかしたら今回の俺の動きも耳に入っているかもしれません」
「向こうからの接触は?」


拓海の問いに新市は首を横に振った。


「何も。静かなもんでした」
「わかった。新市は今後も毒蛾の情報を集めてくれ。それとその魔王と呼ばれる人間の情報も何かわかったら教えてくれ」
「はい」



新市とまだ風邪が治りきっていない一善を先に返した拓海は、テーブルに頬杖をついてぼんやりと考え事をしていた。すぐ傍にはまだ湯気の立つ珈琲が置かれていたが、手を付ける様子は見られない。


「気になるか?」


しばらく幼馴染のそんな姿を眺めていた将五が問う。苦笑いを浮かべながら、拓海は鷹揚に頷いて見せた。


「安生を突いて蛾を出すつもりが、まさか出て来たのが魔王だからね」


予想外だと拓海は笑う。


「おそらく毒蛾とぶつかる際、魔王が出て来るだろう。そうなると安生でぶつかるのは不味い。長期戦を覚悟して、向こうの情報を少しずつ吸い上げて行くしかないな。俺達が新市を送り出したように、向こうも誰か送り出すだろう」
「魔王はこの街に来ると思うか?」
「さっきの話を聞く限り、その可能性は低いな。例え、魔王自身が望んでも、向こうの頭達が許可すると思えない」
「正体を掴もうとしただけでチーム解散の憂き目か。安生の魔王は毒蛾の奴らの逆鱗に違いないな」
「もしくは・・・弱みなのかも知れない」
「あ?」
「毒蛾の奴らの反応が余りに過剰過ぎるんだ。毒蛾の上の連中と魔王の繋がりがそれだけ強いって事かもしれないが、過保護過ぎるような、そんな印象を受けるんだ。もしかしたら魔王と呼ばれる人間は、まったく喧嘩の出来ない人間かもしれないね」


それなら説明が付く。拓海はそう推理を披露した。


「なるほど。情報収集に優れているが、喧嘩はからっきし駄目な奴か。それなら毒蛾の連中も必死で守ろうとするだろうな」
「それでもまだ違和感を覚えるんだ。うちにもノブみたいに喧嘩はあまり得意では無いけれど、立派に武装入りしている奴だっているんだが、どうして徹底的にその正体を隠しているかが引っ掛かるんだ」
「ま、今は考えるにしても情報が足りねぇ。何れ毒蛾を追って行けばわかるだろうよ」


将五の言葉に拓海も頷き、ようやく珈琲に手をつけた。すっかり冷め切った珈琲だったが、藤代は実に美味しそうに飲み干した。