武装戦線の情報収集は国吉に任せて、はいつも通り安生市の動向に気を配りながら生活していた。


双頭龍のメンバーの大半はまだ療養中という事もあって、の魔王用の携帯がなる事も殆ど無かった。そんなある日。宗春から一回目の武装に関する報告を受ける事になった。


武装戦線。構成人数は20から30程度。現在は7代目で頭は村田将五、副頭は藤代拓海。6代目が事故死。その直後に黄泉の梟との抗争に入るが、約1ヶ月後、手打ち式を行い抗争を終了。その後、残った6代目引退し、7代目が旗上げされた。


「ねぇ、宗春。何で武装と黄泉の梟が手打ちで済ましたか聞いてる?」
「特に洋次も言ってなかったな。何だ、気になるのか?」
「うん」


1ヶ月と言う期間を考えると、おそらく両チーム、かなりの犠牲が出ただろう。おそらく血で血を洗うような抗争だったに違いない。こうなると大抵はどちらかが潰れるまで止まらない筈だが、突如行われた手打ち式で抗争に終止符を打ったのである。手打ちの仲介に入ったのは別のチームだが、仲介に入れたという事は最初から静観して中立を保っていたのだろう。何故、そのチームは仲介に入ったのか。何故、武装も梟も手打ちで済ます事に了承したのか。


「多分、余程の理由があったに違いないよ。手打ちに入ったチームに関しても調べて貰って良いかな?多分、武装か梟のどちらかと何らかの繋がりがあると思う。しかし、この手打ちの話を武装の誰かが纏めたというなら随分と厄介だよ、宗春」
「何でだ?」
「相当頭が切れる上に実行力があるって事だよ。期間を考えると両チームかなりの犠牲が出た筈だよ。その仲介をするとなると、仲介に入った側にも利が無ければならない。だけど、ただ飴玉を与えれば良いって問題でも無い。交渉次第では仲介を頼んだ所まで敵に回すからね。こんな危ない橋、うちで渡れるのは5人・・・居ないな。私なら交渉相手を徹底的に分析して、国吉に交渉方法を叩き込ませるね」
「そりゃ、厄介だな」
「まぁ、手打ち式の時点では武装はまだ6代目だから、その立役者は6代目の引退に伴って引退しか可能性もあるけれどね」
「そいつが7代目に残ってた時には厄介な訳だ。了解。洋次にその辺りも調べるように伝えておく」
「よろしく」


そんなやり取りをかわした数日後。学校から帰宅途中のの携帯が震えた。の携帯ではなく、魔王の携帯の方だった。

幼馴染の土井敦士からだった。内容は市の外れにあるガソリンスタンドに、見た事の無いステッカーを貼ったバイクに乗った男が、給油の為に立ち寄ったらしい。連れはなく、1人。バイクに張られたステッカーの文字は、TFOA。敦士の後輩の1人が確かそこで働いていた筈なので、そこから敦士に情報が回って来たのだろう。しかし、1人とは随分少数過ぎる。情報収集の為にやって来たのなら、武装のステッカーは一時的にでも外すだろう。


情報提供の礼のメールを打ち終わり、送信すると、排気音の高いバイクの音が徐々に近付いて来た。の幼馴染の中でバイク持ちは何人か居るが、マフラーを全員弄って居る為に音が全員違うが、どの音ともその音は違う。幼馴染達では無いなと思っていると、不意に後ろから話しかけられた。


「すいません」


声から察するに同じくらいの年の男だった。柄の悪さが感じられず、てっきりバイク好きの青年に話し掛けられたとばかりに思って、反射的に愛想の良さを発揮してしまった。バイト先が居酒屋なので、もはや条件反射に近い。振り返って即後悔した。


一方、話しかけて男もの顔を見て驚きのあまり目を丸めた。口がパクパクと動くが、何を言っているのかまでは聞こえなかった。少しの間、を男はじろじろと眺めるが、気が済んだのか、気を取り直して話し掛けて来た。


「背中に蛾のマークの入った服を着た背の高い男を知らないか?」


TFOAと肩に入った皮のライダース。どう見ても武装の人間だった。がその辺の女子高生だと思っているのか、纏う空気がその辺の青年と対して変わらない。最も観察や分析を得意とするの目から見る限り、おそらく頭か副頭。の顔を見た時のおかしな態度も気になったので、少し探りを入れるかとの目が光る。


「蛾と言うと鬼塚地区の毒蛾と呼ばれるチームの人ですか?」
「知っているのか?」
「この街では有名ですからね。何人か知っていますが、名前はわからないですか?」
「名前は確か前川・・・だったな」


おそらくは目の前の人物は武装の7代目頭、村田将五だ。宗春と言う自由奔放な頭を間近で見ている分、宗春と似た所のある村田の行動パターンがおおよそには読めた。以前見逃した武装の情報収集担当者が安生を引き上げた話は聞いていた。おそらくは地元に戻り、得た情報を報告したのだろう。数日毒蛾について調べたのなら、頭と副頭、幹部、そして魔王の存在くらいまでは辿り着いただろう。このまま抗争に突入すればぶつかる相手だ。頭である将五は宗春に興味を抱いたに違いない。自分の目で1度見てみようと安生に1人で乗り込んで来た。おそらくは副頭の拓海にも内緒で。きっと将五は宗春の名前と外見の特徴程度の情報くらいしか知らない。だから通りすがりのに尋ねたのだろう。そういった情報はこの街の不良達くらいしか知らないが、客観的に見て宗春はモデルのような造形美を持つ色男なので、街の同世代の女も知っている可能性は高い。なるほどちゃんと考えているのかとは感心する。こういった部分、宗春はや国吉に丸投げしているので、余計には将五に対して感心していた。


「ああ、前川さんですか。その人なら知ってますよ」


にこやかに対応しながらはどう動くか頭の中で考えを張り巡らせていた。武装戦線は話を聞けば聞くほど、一筋縄では行かない厄介なチームである。おそらくは抗争も双頭龍とは比べ物にならない程の激戦になるだろう。そんなチームの頭がわざわざ1人で来ているのだ。それならば出会いは劇的にしようとは決めた。


「すいません、失礼」


は携帯が鳴った振りをして携帯を取った。勿論、取り出したのは魔王用の携帯ではない。用の携帯を操作し、今届いたメールを確認した振りをした後、は将五と視線を合わせた。


「初めまして、武装戦線のリーダーの村田さんですね」


その言葉に目の前の将五は息を飲み、目は警戒の物に変わった。どうやら推測は外れていなかったらしい。


「名前は明かせませんが、安生の魔王とそう言えば伝わると聞いています。私は魔王が数多く放っている情報収集端末の人間の1人です。たった今、魔王からメールが届き、貴方を毒蛾の頭の前川と接触させるよう申し付かりました」
「・・・・・・要は魔王の部下って事か?」
「恐れ多い。部下の部下のそのまた部下が良い所ですね」
「随分と耳が早い野郎だな。その安生の魔王って奴は」
「そうですね」


答えながらは携帯で宗春の位置を割り出していた。日常的に喧嘩をしていれば、1度や2度はメンバーが連れ去られる事件も起こって居る訳で、はメンバー全員の携帯をGPS機能付の物にしていた。運良く宗春は1人きりだった。近くに毒蛾のメンバーも居ない。メールでそこから動くなと打ち込み送信する。


「さて、魔王の情報では前川さんはこの近くの公園に1人いるようです。ここから歩いて5分ほど先です。このままご案内致しますのでついて来て頂けますか?」


怪しい事この上ない誘いだとは思う。ならばこんな話は受けないし、国吉もおそらく受けないだろう。しかし、宗春なら少し悩んだ後、頼むと言うだろう。もし行く先に敵が待ち構えていたとしても構わない。そういう発想の男だから。

案の定、将五も少し考えた後、了承した。バイクを手で押し、の後に続く。300メートル程歩いた所で後ろから話掛けられ、は足を止めた。


「なぁ、魔王は何を考えているとあんたは思う?」


将五のその顔に嫌悪感は無く、純粋な疑問をぶつけて来ただけに過ぎなかった。思った以上に実直な性格なのだとは思う。


「正直、魔王のする事は私には完全には理解出来ません。私の感じたままにお話する事なら出来ますが?」
「それで良い」
「魔王についてどこまで知っているかわかりませんが、あの人は毒蛾に対して非常に協力的です。おそらくは村田さんが単身安生にやって来たので、毒蛾の客だと判断したのでしょう。下手な持て成しでは、後々前川さんに怒られますからね。どこで見ているか知りませんが、たまたま村田さんと一緒に居たのが端末の私だったので、案内役が回って来たのだと思います」
「なるほどな。・・・しかし、魔王の部下の部下の部下って言うのは、あんたみたいに頭の切れる連中ばかり集まっているのか?」
「さぁ?正直、私もすぐ上の人間以外とは殆ど顔を合わせていないもので。互いの顔を知っていて連携が取れる事は素晴らしいですが、それを押さえられたら一気におしまいらしいですからね。男のように危険な橋を渡れる訳でもありませんので、必然と頭を使う事に活路を見出したに過ぎません」
「怖くねぇのか、あんたは?」
「・・・毒蛾が出来る前はこの街の至る所、全て治安が悪い状態でした。毒蛾が安生で名を強め、魔王と呼ばれる人間がこの街を監視していると言われてからですよ。日中、こんなあまり人が通らない道でも女1人、平気で歩けるようになったのは」
「・・・・・・」
「私だけではなく、生まれたこの街が好きだと言う人間は一杯居ます。喧嘩は出来なくても、たまたま見た事を報告するだけで街が良くなるなら協力する。そんな想いから魔王に協力する人間は多いのですよ。この私もそのうちの1人です」
「あんた、この街が好きなんだな」
「ええ」

ポケットの中の携帯が震えて、は再び取り出した。宗春から何の用だと問う内容だった。


「失礼、魔王からです」


スペシャルゲストを連れて行くからそこで1人でいろ。そう送った後、再び将五に視線を戻す。


「前川さんがもうそろそろ移動するかもしれないと、魔王から連絡が入りました。少し急ぎましょう」


そう言っては再び歩き出した。それから2分後。


「この先を行くとフェンスに囲まれた公園があります。そこに前川さんは居る筈です」
「ああ、助かった」
「いえ。お気になさらず。ああ、私が魔王の情報収集端末と言う事はなるべく内密にお願いします。魔王の関係者だと周囲に伝わるとなかなか拙いものでして」
「ああ、わかったよ」
「ありがとうございます。それでは私はここで」
「あ、ちょっと待った」
「はい?」
「あんた、名前、聞いて良いか?」
「私のですか?」
「次に会った時に恩人をあんたと呼ぶのも野暮だろ」
「・・・確かに・・・そうですね。私の名前はと申します。おそらく次に会う事は無いでしょうが、次が会った時にはよろしく」
「ああ」
「では、失礼します」


そう言うとは振り向かずにそのまま大通りまでの道を歩いた。大通りに出た頃にはもう将五は宗春と遭遇している頃合で、後で宗春から連絡が入るだろう。その時に詳しく聞いておこうと微笑んだの携帯が鳴ったのは、それからすぐの事だった。



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魔王、下っ端を騙る。
名前を教えたのは『次』がもしあった時の楽しみと気まぐれ。