武装の頭、村田将五と一瞬だけの邂逅を果たした前川宗春は、一目見ただけその強さを感じ取った。しかし、まだ物足りないらしい。


「という事で行かねぇ?」
「・・・どこに?」
「武装の所」
「あんたくらいだと思うよ。敵陣に遠足感覚で行くの」


宗春の言葉には呆れ顔で答える。宗春はが機転を利かせて将五を自分の所に案内してくれた事が嬉しかったらしく、あの後、何度も礼を言われた。ただ邂逅は本当に一瞬だったそうで、フェンスが邪魔だと迂回して将五の所に走ったのだが、その時には将五の姿はどこにも無かったと宗春は言う。おそらくはその一瞬の邂逅で将五は満足したのだろう。近くに置いたバイクで早々に立ち去ったに違いない。一方宗春はまだ物足りないらしく、土曜の朝早々、の家に乗り込んで来た。


「行こうぜー。。俺、やり合う前に村田をもう少し見ておきてぇ」
「後で国吉にばれたら怒られるよ」
「そこはが後で洋次を」
「やだ。説得とか面倒」
「お前なら楽勝だろ?」
「国吉が本気で怒った時はなるべく関わりたくないんだよ」


フゥと息を吐き、は参考書に目を通す。


「頼むー。例の手打ち式を纏めた奴、わかったからさ。一緒に見に行こうぜ〜」


宗春も流石に幼馴染と言ったところか。の興味のツボをいう物を心得ていた。今まで宗春の話を視線を参考書から離さずに聞いていただったが、その話をした途端に視線を宗春に向けた。ぱぁ、と前川の顔に喜色が浮かぶ。


「あの話を纏めた人、7代目にいるんだ」
「ああ、俺達とタメだぜ」
「・・・藤代拓海」
「何だ、知ってたのか?」
「いや、話自体は始めて聞いた。もしあの話を纏めた人間が今の7代目の武装にいるなら、1番可能性があるのが彼だったんだ。私みたいな人間が流石に武装に居るとは思わないし、頭の村田があの話を纏めるには性格が実直過ぎて難しい。そうなると・・・副頭の彼だ」
「色々洋次から聞いてみたが、結構その藤代っていう奴もやるようだ。行く途中に話すから、今日は武装の頭・副頭の見学ツアーと洒落込もうぜ」
「良いよ。ただし、向こうに着いたら別行動ね」
「あ?一緒に動かねぇのか?」
「あのね。一緒に居る所、見られたらすぐに関係者だって思われるじゃん。この街なら幼馴染で通るけど、わざわざ戸亜留市まで武装の頭を見に普通女の幼馴染を連れて来る?」
「あー、まぁ、そうだけどよ。向こう、ここより治安悪いらしいぜ」
「大丈夫。護身グッツ持って行くから」
「警報ブザー程度じゃ危ねぇぞ」
「前に改良したスプレーと特殊警棒」
「・・・それ改良じゃなくて改悪だろ。あれ、効果、本当えげつないし。ま、それ、あるなら大丈夫だろうが、お前が警察に捕まるなよ」
「そんなヘマしません」
「過剰防衛過ぎるんだよ、それ・・・」


朝から濃い会話を交わした2人だったが、朝食後、宗春の車で安生市を出発した。山を1つ越え、戸亜留市に到着したのはそれから1時間後。戸亜留駅の前でだけ先に1人降ろして貰い、宗春は武装の溜まり場が2ヶ所あるので、車で見て回るらしい。


「多分、私の方が早いと思うから終わったら連絡して」
「わかった。どこで合流する?」
「市立図書館」
「なるほど。俺ら不良には縁が無い場所だな」
「場所は車のナビに入れておいたから。着いたら連絡して」
「了解。それじゃあな」


走り出した宗春の車を見送ると、はぐるりと駅前を見渡した。学校や仕事が休みの日という事もあって、駅前には家族連れや女子高生らしき集団などが見える。その中に時々映るガラの悪い
少年達。安生とあまり変わらない光景には笑みを1つ零すと、予定通り武装戦線副頭見学ツアーに1人動いた。




藤代拓海の職場は戸亜留駅の裏側にある。が宗春に下ろして貰ったのは表側で、駅前ビルや飲食店街、商店街など人の多い場所だ。反対に裏側は表に比べれば閑静なもので、駅の駐車場やマンション、アパートなど住宅が多く立ち並んでいる。は駅の中を通って裏側に出ると、歩道橋を渡って駐車場の区画を抜けた。街路樹の立ち並ぶ通りを歩く。信号沿いの道路を進めば、しばらくして歩道をほんの少しはみ出す形でずらりとバイクや原付の並ぶ店を見つけた。バイクショップ、フジキ。拓海の職場だ。2軒に分かれているようで、1軒がショップスペース。もう1軒が工場になっていて、ツナギ姿の作業員の姿が何人か見えた。おそらくあの中に拓海もいるのだろう。流石にあの中には入っていけないので確認は無理だが、入って来た情報によれば、宗春とタイプは異なるが、男の嫉妬を買う美形らしい。


怪しまれない程度に工場を見た後、は隣のショップに視線を移した。土地柄、バイクを乗り回す人間も多いようで、種類が豊富だと一目でわかった。手広くやっているようで、新品の自転車と中古の自転車も並んでおり、価格もかなり手頃だ。


「自転車をお探しですか?」


が自転車を見て数分経った頃、店員に声を掛けられては顔を上げた。男の嫉妬を買うような美形・・・ではなかったが、整った顔立ちだった。


「あ、はい」
「どのような自転車をお探しですか?」
「えっと・・・」


の目的は自転車では無く、人だ。しかし、伊達に魔王と呼ばれてはいない。動揺する事無く、ごく自然に希望の自転車の条件を話せば、ツナギ姿に短髪茶髪の店員は人好きのする顔で数台の自転車のハンドルを手に取った。


「これは籠がしっかりしているから良いですよ。こっちのはフレームが普通のより軽いから女性には良いと思います。そっちのは――」


セールストークをしながら時々店員はこちらに意味有り気な視線を送った。何か言いたい事があるけれど、なかなか言えない。そんな、少しどこかまごまごしたような感じを受けた。


「もし良かったら試しに乗ってみます?」
「どうしようかな」


セールストークに半分乗ってはいるが、は自転車をここで買う気は無い。別に買っても良い値段ではあるし、宗春の車の後部座席は空いているので余裕で積んで帰れるが、流石に武装の副頭の職場に宗春を呼べる訳が無い。


「もう何年も乗ってないから、試乗は止めておきます。転んで迷惑掛けるのもちょっと」
「あー、それなら俺、後ろ押さえておこうか?」


苦笑いを浮かべては断ったものの、目の前の店員は人が良いのか手伝いまで申し出てくれたのた。それをは笑み1つで断ると、後ろで店員を呼ぶ別の店員の声がした。


「本城さん。井畑主任から電話です」
「あー。わかった。拓海、後、頼むわ」
「はい」


やって来たツナギ姿の店員の顔を見て、はすぐに理解した。宗春とは確かに違うタイプだが、確かに美形だ。しかもかなりの。拓海と呼ばれた名前を聞くまでもなかった。ちょっとだけ残念そうな顔で本城と呼ばれた店員は、ぺこりと頭を下げ、そのまま店の奥に消えて行った。


「お待たせしました。いらっしゃいませ。自転車をお探しです・・・」


営業用の笑顔を浮かべた拓海だったが、の顔を見た途端に目を丸くした。セールストークの語尾が萎むような形で消えて行く。有り得ない物を見た。そんな顔だった。その顔を見て、の心がざわついた。武装の頭と初めて会った時と同じ反応だとも気付いたのだ。


しかし、拓海はすぐに笑顔を張り替えて、何でも無かったように取り繕った。おそらく普通の女ならこの笑顔にころっと騙される程、鮮やかな切り替えしだった。宗春を見慣れたせいで美形にかなりの耐性のあるは、流石は武装の副頭だと感心すると同時に、引き攣る顔を何とか抑えた。


「ちょっとまだ考え中なんですけど、さっきの店員さんがオススメのどれかにしようかなって思って」
「えっと、どれですか?」
「これとこれです。どちらも良いので迷っちゃって。あ、ここって防犯登録はやってますか?」
「やってますが、別途手数料がかかりますよ」
「防犯用のチェーンも売ってます?」
「奥のコーナーにありますよ」
「あ、じゃあ、ちょっと色々見てから考えます。予算もあるし」
「あ、はい。それでは御用の時には声をお掛け下さい」


は拓海に軽く会釈をすると、防犯用のチェーンのコーナーを目指して店の奥に進んだ。コーナーの前で商品を取りながら、顔を強張ったものに変える。無理矢理引き攣るのを抑えていたので、少しでも余裕を取り戻さないと本当に拓海の前で顔を引き攣らせそうだった。


拓海が驚きの様を見せたのは、先日安生に行った話を将五から聞いたのだろうとは推測したが、すぐにそれにしてはおかしいと考えを改めた。将五は魔王の部下の部下の部下、情報収集端末と名乗ったという女についての特徴を詳しく話したのは間違いない。しかし、人の顔の特徴を掴むのはなかなか難しく、仮に意識して行ったとしてもそれはゆっくりと記憶から薄れて行くものなのだ。また、人の人相を言葉で性格に伝えるのはそれ以上に難しい。それなのにも関わらず拓海がを見て驚いたと言う事は、将五はの顔をはっきりと覚えており、それを的確に拓海に教えたという事だ。はおそらく自分と良く似た顔の人間が、将五達の傍にいるのではないかと考えに辿り着いた。将五の初めて会った時の反応を見る限り、おそらくと似た人物は余程将五達に深く関わっている人間か、強い印象を与えた人物の筈だ。仮にこの推理が当たっているにしても間違っているにしても、どちらにしても、これ以上、拓海と不用意に接触するは危険だ。藤代拓海は良くも悪くも自分に似ているとは感じた。は客観的に己を見て、己の厄介さを理解している。だからこそ、拓海を厄介だと早々に判断した。魔王に至る事が出来うる人物だとこの段階で気付いてしまったのだ。


その後、は適当に店内をうろついた。本心はさっさとこの場から立ち去りたかったのだが、それではあまりにも怪し過ぎた。おかしくない程度に店内を見た後、拓海にまた来ますと告げてようやくは店を出る事が出来た。しばらく外を歩いた後、さり気無く背後に誰も居ない事を確認してから、ゆっくりと息を吐いた。


将五を宗春の所に連れて行く為とは言え、過度の接触をしてしまった事をは悔やんだ。石橋を叩いて渡るは、本来ならば単身で毒蛾の敵の前に現れる事など有り得なかった。将五の本質を見抜き、女に手をあげるようなタイプではないと判断していてもだ。正体を偽ったとは言え、本名は教えてしまったし、顔も見られている。初めて顔を合わせた時の反応から考えると、この行動は迂闊としか言えない。は自分の顔がそこそこ見れる程度に整っているという自覚はあったが、誰かに似ていると言われた事がなかった。世の中に自分とそっくりな人間が3人いるにしても、これは不運だったと思うしかないなとは自分自身を納得させながらも、何故このような迂闊な行動を取ってしまったのかその原因について考えた。原因の核は―村田将五、だ。それですぐに原因を理解したは苦笑いを浮かべるしかなかった。宗春と同じような気質を持っている将五は、当然宗春と似ている所を持つ。立場としては敵同士に当たるが、その存在を好ましく思わない筈が無い。私も大概あいつに甘い。そんなの呟きは誰の耳に入る事無く、空に吸い込まれていった。




一方、その頃、バイクショップフジキでは。


「将五が言った通り、びっくりするくらい『あの人』に似ている。あの子が、か。しかし、何をしにこの店に来たんだろう?偶然な訳がない。・・・俺を見に?魔王の部下の下っ端がわざわざ?将五が調べておけって言う訳だ。今が仕事中じゃなきゃ追い駆けて行くところだけど、残念。ま、楽しみは別の機会に取っておこうかな」


世の女が見惚れる程の淡い笑みを浮かべ、拓海は笑う。しかし、が出て行ったドアを見つめるその目は、武装の副頭の物であり、獲物を見つめる狩人のそれと同じだった。