が2人組の男に絡まれてから数日経った。絡んだ男達は・・・あれからすぐに安生を発ったと聞いた。


魔王の情報網は街の至る所に張り巡らされている。が以前、情報収集端末と将五に名乗ったが、そういった末端の人間が携帯片手に日常生活の傍ら、目に耳にした情報を送るのだが、送信方法や送信先は何種類も存在する。その情報は1人が独占している訳では無い。土井敦士、鹿島雄大、宮崎ひかり。の下には情報担当のこの3人の幼馴染がおり、3人の誰かがに回す必要が無いと判断した場合は、に情報が回らない事もあった。と、言っても情報の分析や解析が最も得意なのがなので、大抵の情報は問題無くに回って来る。に回らないのは、武装や双頭龍の情報ではなく、主に自身の情報である。今回、が絡まれた話は、その現場を遠くから見ていた端末の1人から情報が回っていた。その情報は鹿島の所まで問題なく回ったのである。しかし、その情報はに回る前に鹿島に握り潰された。宗春にその情報を流した上で。幼馴染の危機を知った宗春の動きは早かった。どこの誰なのか、敦士、鹿島を使ってあっさりと割り出すと、毒蛾の幹部の大半を率いてお礼と言う名の報復に出たのである。宗春の名誉の為に言わせて貰えば、宗春自身は1人で向かうつもりだったが、その情報を掴んだ国吉達が加わり大人数で押し掛ける羽目になったのである。後からその情報を掴んだが片手で頭を押さえたのは言うまでもない。


「あ、武田さん。こんばんは」


あれから変わった事と言えば、は1人で行動する事がまったく無くなった。朝、登校する時は同じ学校の鹿島や昇と一緒で、帰りも大抵彼らと一緒になる。バイトに向かう時は近所の忍か畑、宗春と言ったJm常連組と一緒だが、は一切文句を言わず、むしろ積極的なくらいに1人なら無いように動いていた。そしてもう1つ。武田好誠がアルバイト先に夜来るようになった。


切欠はが渡したJmのクーポンだった。普段から何枚か持ち歩いていて、助けて貰った際、お礼代わりに何枚か渡したのである。それからしばらくして、武田はJmに来るようになった。来るのは大抵仕事の後で、どこかで夕食を食べた後に寄る事が多かった。その時間には毒蛾のメンバーも粗方帰っているか、畑のように静かに店の隅で飲んでいるだけなので、特に何のトラブルもなかった。カウンター席に1人座り、カウンターの向かい側に居ると良く喋っている。現れるのも幼馴染達の姿が少ない夜の時間帯で、来る日はのバイトの日。バイト後に帰ろう時に店内を見渡した際、幼馴染達が誰もいなかったので、迎えを呼ぼうと携帯を取り出したに送って行くと言ったのも好誠だった。店長や常連の一部はようやくに春が来たと密かに笑っていた。


そして今日ものバイトの日だったので、武田はふらりと1人Jmに現れた。元々Jmは席数が少なく、店長目当ての女性の1人客も居るので男の1人客はそう目立つ事も無かった。ただ今日は日が悪かった。


客が少なかったという事もあったし、初めてJmに来たので少し大目に見ていた部分もあった。毒蛾の幹部としては長いが、国吉や畑達に比べると熱くなりやすい所がある男。遠山常雄が畑と宗春に連れられて、夕方からJmに来ていたのである。その頃からしとしとと雨が降り出し、客足が悪かった事もあって珍しく宗春達は長居していた。Jmは毒蛾の中でも幹部の人間しか出入りを許されていない場所である。常雄も出入り自体は許されていたが、宗春と一緒に来店するのは初めてで浮かれていた。しかも一緒に居たのは酒好きの畑である。飲酒量も一気に上がり、上機嫌のまま騒いだ。Jmは酒を出すが、若者がガヤガヤと騒ぐ店では無い。1度、の眉根が寄り、それに気付いた畑が鎮めたのだが、また少しずつ騒ぎ出して来た。


「ブソーセンセンも大した事ねぇよ!」


何に対して言った言葉なのか。良くわからなかった。もしかしたら内心をそのまま吐き出しただけかもしれない。カウンターに座る武田のコップを握る手が強張った。武田の腰が椅子から浮いた瞬間、は手にした物を思いっきり投げた。


「おひょい!」


悲鳴を上げてそれは常雄の顔面を直撃した。白いおしぼりが丸まったまま、下に落ちる。元々短気な性格の遠山は酒で加速している事もあって、に対して怒鳴りつけようと声を上げた。


「おまっ!」


その叫びも中途半端のまま途切れた。畑が常雄の口を掌で押さえたからだ。それなりに力が入っているようで、顎の辺りにまで指が食い込んでいる。宗春が視線で動かし、畑はそのまま伝票を宗春に預けると常雄を連れて店を出て行った。好誠も何事も無かったかのように椅子に座り直した。


「悪いな、騒がせて」
「次連れてくるなら、しっかり教育してからにしてね」


の顰め面に苦笑いで答えると、宗春は好誠の隣の空席に腰掛けた。好誠の空いたグラスにビールを注ぎ込む。


「すいませんね。あいつ、少しばかり気が立ってたもので」


自分のコップに手酌でビールを注いだ宗春は好誠に意味有り気に視線を送った。


「今度、根性の入った男達のいるチームとやり合う事になりましてね。遠足に行く子供のようにはしゃいでしまっている訳ですよ」


ビールで喉を潤しながら宗春は楽しそうに喋る。それを聞いた好誠も意味有り気な視線を宗春に送った。


「アンタも楽しみなのか?」
「ええ、とても」


好誠の言葉に宗春は即答した。それを聞いた好誠は残り少ないビール瓶を手に持つ。


「ま、頑張れ」


その言葉と共にビールが宗春のグラスに注がれた。宗春はそれを有難く受け取る。


「ありがとうございます。えっと、武田さんでしたよね?」
「ああ」
「そこに居るが先日お世話になりました。本当、ありがとうございます」
「いや、それに関しては礼には及ばない」
「いえ、あいつに何かあっては俺達生きていられませんからね。本当助かりました。俺はあいつの幼馴染の前川宗春と言います。この街にあるチームの頭をやらせて貰っています」
「へぇ、アンタが頭のチームか。・・・強そうだな」
「どうでしょうね。ああ、良かったら武田さんのお話も聞いてみたいのですが、良いですか?」
「・・・良いが、大して面白くもないぞ?」
「俺達、最初は7人でチームを旗揚げしたんですよ。俺自身、色んな所からの勧誘があって、しかも返事を保留にしていたから、そのせいで最初から周りは敵ばかりでしてね。あの頃は本当きつかったんですけど、他所で3人でチームを旗揚げして、叩き潰そうとする周辺のチームに一歩も引かなかったスゲェ男達がいるって聞いて、負けてられねぇと思ったんですよ。・・・だから、俺、会えて嬉しいです」


嘲りの色は無かった。ただただ純粋に好誠との出会いを喜んでいた。調子が狂うと好誠は内心思い、耳が早いと口に出した。


「俺には昔から心強い味方がいるんですよ。俺がこけずに今まで立っていられたのは、そいつのお陰です」
「それは羨ましい限りだな」


男2人がビール片手に見詰め合う。好誠と宗春がそれぞれ酒を注文したのはそれからすぐだった。