が武田好誠と知り合ってから半月が経った。


が好誠が只者では無いと感じ、国吉を通じてその正体の割り出しに掛かったのだが、武装と情報戦を行っている最中という事もあって、すぐにその正体は割り出せた。武装5代目の頭。あの時に感じた威圧感はそのせいかとは納得し、国吉に礼を言うと、同時にこれ以上好誠に関しての情報は探らないように頼んだ。既に武装は7代目であり、好誠はとっくに引退している身だ。今回の毒蛾の抗争にも出て来る事は無い。そう言ったを見て国吉は面白そうに笑った。


「魔王が探れとは言っても、探るなと言うとは思わなかったぜ」
「恩人には礼を尽くしたいのよ」
「なるほど」


口で国吉はそう言うが、内心まったく納得していなかった。は安生の魔王である。異名は大きければ大きい程、その名を畏怖する者が増えると理由もあって、は他人から付けられたその異名を安生中に広めた。今や安生の不良達はおろか、中高生でその名を知らない者は居ないだろう。魔王の正体を知る人間は限られるが、その1人である国吉から見ても、に魔王という名は良く似合っていると思った。女という性別に加えて、染髪、ピアス、化粧といったその年頃になると興味を持つ物に一切興味を示さず、制服は未改造、私服は落ち着いた物を着ているので、不良の世界に関わっているとはまったく思わせない。学校では生徒会副会長、成績は優秀ともなれば、不良の世界に関わる方がおかしいと言われる存在だ。外見からが魔王だと思う者はおそらくいないだろう。しかし、その内面は魔王の名に相応しい物を兼ね備えていた。当然ながら魔王の作り方など存在する筈もなく、なるべくしてなったとしか言いようがない存在なのだが、その要因の1つにが清濁を飲み合わせる度量を持ち合わせていた事が挙げられる。


毒蛾の頭である宗春は多少大人の世界の汚さというものを垣間見ているが、大人の世界はそういうものという割り切り方をしているが、根は真っ直ぐだ。副頭でメンバーに指示を出す事の多い国吉は、宗春が出来ない部分を負っているので、自然と人の抱える闇の部分を目にする事もあった。人の行動には何らかの意図が絡む。は今まで得た情報で人の抱える闇の部分を散々見て来た。優しく心が弱い女なら当に昔に投げ出していただろう。しかし、今でもが嬉々として動いているのは、に一定以上の適性があったからだ。宗春も国吉も清濁を飲み合わせる度量は同世代の人間に比べるとかなりある方だったが、はそれを遥かに超えた。それがが魔王になれた理由。そして、は調査対象に容赦する事は無かった。その徹底的に調べる姿勢は、まさに魔王の名に相応しかった。


「珍しいな。何かあるのか。・・・武田さんに?」


幼馴染達と国吉を除けば、に最も近い家族以外の異性は好誠だけだ。自身、かなり人目を惹く美人なので興味を持つ男は多いが、魔王として活動しているので、幼馴染を除いては普段から広く浅くの人間関係を形成していたし、近付いて来る男達は全て幼馴染達の目に適わなかったので早々に彼らによって退場させられていた。好誠は宗春の目に適った男というだけあって、他の幼馴染達を納得させるだけの物を持つ男だった。だからといって、魔王が調査を止めるだけの理由にはならないと国吉は思った。


「国吉は知らなくて良い事だ。これは私も知らない方が良かったのもしれない」


の口から出た拒絶の言葉に、国吉はズボンの後ろポケットからタバコを取り出した。がこう口にする時は、大抵、親しい人間の入り込んだ事情を覗き込んでしまった時だ。おそらくは好誠が抱える何かをは見てしまったのだろう。恩人である好誠のそれをは例え幼馴染達と言えど、共有するつもりはなかった。だからこその調査中止なのだと国吉は思った。


「わかった。これ以上は調べない」
「・・・悪いね」


フゥとは息を吐く。こんな風に憂い顔のも珍しい。


「何だ、惚れたか?」
「・・・何で?」


幼馴染達とは付き合い方が違う国吉だから聞けた。主語の抜けた問いだが、先程から散々会話の中に出ているので、問題なく通じる筈だった。しかし、当の本人はきょとーんと首を傾げるだけ。顔を赤くする事もなく、しかし誰にと言わない辺り、質問の内容を履き違えてはいないのだろう。武田好誠に恋をしているから憂いている訳ではなさそうだった。余程、は厄介な物を見てしまったらしい。そう国吉は結論付けるが、あれだけの良い男に好意を寄せられて何でこいつは平然としているのだとを見る。昔から宗春達に囲まれて、色恋沙汰とは無縁で生きて来たのが原因なのだろうと見当はついていた。どうなる事やらと紫煙を吐き出しながら考えていれば、の小さな囁きが聞こえた。


「武田さんとはそうならないと思う」


呟いたその言葉の根拠は一体何なのか。気になったが、国吉はそうかとただ短く答えた。






双頭龍の美川が安生に戻って来る。その情報を入れた時には、は3年生になって初めての試験が迫っていた。普段から積み重ねを続けているである。慌ててノートを貸して貰ったりと慌てる事は無かったが、だからと言って双頭龍の動きをずっと追う訳にはいかない。その事はの正体を知る全員が理解していたので、学校のある、昇、鹿島を中心に試験期間中だけ何人か抜ける事になった。元々魔王の情報網を作る際、が抜けても機能するように作っている。何年も続けているので、敦士とひかりも余程の事が無い限りはがいなくても動けるし、敦士やひかりの下の人材も豊富だ。国吉もそれに加わって、双頭龍を一網打尽にする為の網は頭である美川が安生入りする前から張られていたのだった。


「試験期間に入るので、2週間、バイトに入れません」


だからここに来ても私はいませんよ。そう言いたかったのだろう。の言葉の意図を掴んだ好誠は、頑張れよと言うに留まった。Jmに行って好誠が良く話す相手はだったが、店長であるの従兄やの幼馴染、常連客達と話さない訳ではない。そんな訳で何となくが居ないのを知りつつ、Jmののれんを潜ったのだが、開口一番に店長からは休みですよと苦笑い付きで言われた。これには好誠も苦笑いを浮かべるしかない。聞いてると好誠が答えれば、そうですかと店長は笑いながらカウンターに座った好誠の前にお通しを出した。店を見渡せば、珍しく誰も居なかった。


「しばらくだけじゃなく、宗春や日出男も来ないと思いますよ」
「あいつら、学生でした?」


何度か宗春達と会話した好誠だったが、彼らが学生だったという話は聞いていない。好誠が現役だった頃と同じように、何らかの職についていた筈だった。


「双頭龍というチームがこの街にありましてね。宗春のチームと揉めているんですよ。何でも中学生を無理矢理チームに入れるやり口が気に入らなかったようで」
「へぇ」


好誠よりも少なくとも5つは上だろう。人好きする顔の店長の話を聞いていると、現役時代に良く通った喫茶店のマスターを思い出す。若い頃は結構やんちゃをしたと笑うマスターと似ていると感じるのだから、もしかするとこの店長も数年前は自分と同じだったのかもしれないと好誠は思った。


「でも、あいつら武装戦線とやり合うって言ってませんでした?」


宗春や畑、国吉を見ていれば、毒蛾と呼ばれる彼らのチームが相当強いのは好誠にもわかった。しかし、今の代の武装には自分が面倒を見て来た将五がいる。将五だけではない。好誠も一目置いていた拓海に、キムにアキラもいる。彼らを中心に髑髏の下に一筋縄ではいかない男達が集まっているだろう。かつての好誠達と同じように。片手間でやり合うつもりならば、早々に潰れるぞと好誠は宗春を思う。


「知り合いの中学生が1人、そのチームの男5人によってたかって殴られたそうです。まったくの無抵抗の相手に結構な重傷負わせたらしくてね。それに怒ったそうです」
「・・・そうか」


好誠の脳裏に浮かんだのは、5代目を継いで1年も経っていない頃。仲間の玄場がやられ、仲間に頭を下げまくった副頭の気持ちすら踏み躙った男。後に自分自身を取り戻し、武装入りした甲斐の一件だった。あの時、好誠は怒りのまま甲斐を殴り続けた。あの時と同じように、彼らも怒っているのならば、この状態も納得がいくと好誠は思った。


「まぁ、その中学生の怪我自体はとっくに治っているんですけどね。抗争勃発の際、そこの頭がたまたま他県に行っていて、戻るに戻れない状態で、ずっと宗春達は待っていたんですよ。ようやくそこの頭が街に戻って来たようなので、数日はここに来ませんが、すぐにまたここに戻って来ますよ」
「なるほど」


店長の話から好誠は双頭龍の底が知れた。チームの危機に駆け付けれない頭だ。副頭も大した事はない。人数が何人いようと、宗春達の敵にはならないだろう。いつ始まった喧嘩かわからないが、好誠の経験から考えてもそう時間はかからないだろう。


「ああ、そうそう。俺が喋ったの、内緒ね」


いつもあいつらの話聞いているけど、俺、こういうの話す相手いないから。ほら俺、引退しちゃってるから。あいつらが引退したら喋ろうとは思ってるんだけどね。砕けた口調で笑いながら喋る店長に、好誠も笑って頷いた。