のバイトの曜日は月、水、金の3日である。


火、木、土、日。のバイトがないのはこの4日間だが、週に2回はと宗春と好誠の夕食会は開かれていた。この間、武装と毒蛾に動きが無い訳が無い。双頭龍という前座を倒した毒蛾は、即座に戸亜留市に刺客を送った。ほぼ同じタイミングで武装も刺客を送り、お互いに幹部がやられる結果となった。


魔王を警戒した武装の刺客は、安生入りしてすぐに幹部を強襲した。流石のも安生入りした情報はすぐに宗春達に流したが、その余りの早さに幹部全員にまで情報が回り切らなかったらしい。幹部2人を強襲した武装のメンバーはそのまま安生から出て行ったとそれからすぐに報告があった。ヒット&アウェイ戦法。本拠地が異なるチーム同士だから出来る戦法だった。間違いなく指示を出しているのはあの副頭だろう。安生入りしたとは聞いていないので、もしかしたら隊を取り仕切る人間の中にかなり頭が切れる人間が混ざっているのかもしれない。


そんな状態で宗春が大人しく食事出来る筈も無く、言いだした張本人が居ない、もしくは途中退席がざらな食事会だった。その都度謝りっぱなしのだったが、そういう経験のある好誠はこうなる予感はしていたので、特に気にしていなかった。


水曜日。バイト先に顔を出せば、幼馴染達の中に常雄の顔を見つけた。の顔を見るやいなや、腰を落として頭を下げる。既に店長には謝罪済なのだろう。常雄の謝罪を受け入れて、はカウンターに入れば、エプロンに着替える前に店長に呼ばれた。買出しを頼まれ、メモと財布を預かる。幼馴染達がついて行こうかと心配するが、スーパーはここから歩いてすぐだ。外もまだ明るいし、Jmからスーパーまでの道は人通りも多い。以前、絡まれた経験を考えれば頼むべきなのだろうが・・・。が来るまで抗争の話でもしていたのだろうか。誰も彼もの肌をピリリと刺激するような
雰囲気を纏っているのだ。店に幼馴染達が居る限り、この空気から抜け出せないだろう。それならば買出しの間くらい、この空気から抜け出したい。そう思い、は幼馴染の申し出を断った。ジャケットの内ポケットの中に護身グッツを入れるを見た瑞穂と昇が顔を引き攣らせ、事情を知らない常雄は首を傾げた。


そうして店を出ただったが、出てすぐに魔王の携帯が鳴った。基本的に魔王の携帯はメールしか来ない。だからも慌てて鞄の中を漁る真似はしなかった。鞄の中を開けると、薄っすらと光る青色。着信メールを知らせる色だ。二つ折りの携帯は当然のように横見防止用のフィルターが貼られており、は携帯のロックを外すとメールの内容を確認した。


武装の革ジャンを来た男が1人、4号線で信号待ち。
市内に向かっている模様。


そのメールをは宗春と国吉に本文そのままで送った。携帯を折り畳むとさっさと鞄の中にしまう。武装の下っ端が世話になっている親戚の家はどちらかといえば市外に近い。たまり場の工場も市外の方なので、方向が違う。そもそも1人で乗り込んで来る事自体、おかしい。可能性があるとしたら、先程までがいたJmだ。1人で乗り込むとしたら・・・数日前に宗春がの情報を使って撃退した奈良明という大幹部クラスの人間になる。そうなると可能性が高いのは金亨寛か。もしくは、藤代拓海か。


ならば副頭の国吉を単独で敵陣に乗り込ませはしない。国吉はチーム全体を指揮する、いわば司令塔だ。や情報担当者とも横で繋がっており、倒されるとかなりの支障が出る。しかし、黄泉の梟との手打ちの件を見る限り、拓海が単独で乗り込んで来る可能性は充分にあるとは睨んでいた。


メールの送信時間と目撃地点から考えるに予めJmの場所を調べていれば後5分で到着するだろう。ただでさえピリピリしているのに、カッとなりやすい常雄が今日はここにいる。ああ、何でこういう時に限っているんだ、遠山。前の好誠さんの時もそうだったが、お前、実は疫病神か。などなど、常雄に対する罵詈雑言を内心で吐き続けながら、はなるべく買出しが遅くなるようにしようと考えた。運良く常雄以外は国吉に畑、忍、瑞穂、昇と毒蛾の中でも弁えた者が揃っている。仮に常雄が切れたとしても周りが何とかするだろう。そう決めたはメモを片手にスーパーの中に入って行った。
メモには必要な物、安かったら欲しい物がリスト化されていたが、全部買って帰るつもりのだった。




がスーパーから出て来たのは30分後の事だった。手にはスーパーの袋が片手に2つずつ。いかにもセール帰りといった風体だったが、ただでさえ空気の悪い職場が更に空気が悪くなった可能性があるのだ。時間稼ぎの為なら気にしないとは笑う。そうして荷物の加重の為に帰り道は余計時間がかかったが、あとこの角を曲がればJmといったところで声を掛けられた。


「こんにちは」


嫌な予感がするが、振り返るしかなかった。の予想通りの男が横に立っていた。


「こんにちは。さん」








その日、藤代拓海は単身安生にやって来た。これまでに拓海は2回、安生に刺客を送っている。1度目は姫川達、KKKの3人だ。幹部会の開催自体は不定期だが、仕事を抱えているメンバーも多く、大抵夜の何時以降と決まっている。また幹部達の何人かは決まったルートを徒歩で帰っていた。その日、幹部会があるかどうかはわからなかったが、どうやら運が良かったらしい。幹部2人強襲し、そのまま戻って来る事が出来たが、その間に例の魔王の介入は確認できなかった。


2度目はアキラ、服部の2人だ。新市が囮になって毒蛾のメンバーをおびき寄せたのだが、その動きは魔王に筒抜けだったようで、単身で毒蛾の頭、前川宗春が現れた。アキラ達が安生入りしてから前川がやって来るまでそう時間が掛かっていない。拓海も予想はしていたが、予想以上に魔王はこちらの情報を掴むのが早い。これ以上、アウェイ戦は危険だと拓海は判断した矢先、安生からやって来た最初の刺客にやられた一善と数正が、勝手に安生に行ってしまった。おそらくハタケヒデオとタカシロシノブに会いに行ったのだろう。行って会えるとは限らないのに。そう思った途端、拓海の頭に浮かんだのは『』の顔だった。


一善達以上に無計画で安生に単身行った幼馴染は、自称、魔王の部下の部下の部下の少女の手引きで無事に毒蛾の頭と顔合わせ出来たらしい。彼女と運良く遭遇出来れば会えるかも。そう思った途端、他力本願過ぎるだろと拓海は自身を笑った。




部下の部下の部下と名乗ったが、あれ程の奴が下っ端な訳がねぇ。将五はそう言って拓海にについて調べるように言った。歴代の頭がそうだったように、将五自身、かなり勘が良い。実際、その勘に今までかなり助けられて来た。将五がそう言うならば、間違いなくには何かあるのだろう。そう思い、拓海はについて調べるよう、新市に指示を出した。その2日後、新市宛に魔王から手紙が届いた。


女についてこれ以上調べるな。パソコンで打ち込まれた無機質な文字に新市は大いに驚いたと言う。拓海とて新市の存在が魔王にばれていないと楽観的に考えていなかった。泳がされているのか、見逃されているのか。そのどちらかだと考えていたのだが、どうやら後者のようだ。毒蛾についてはいくら調べても構わないが、魔王の関係者は例え下っ端でも許さない。そのわかりやすい姿勢に、拓海は新市に調査終了を言い渡した。


目的地から少し離れた駐車場に拓海はバイクを停めた。料金制のパーキングならば多少は大丈夫だろう。そう考えてバイクから離れたのだが、すぐに後ろから声を掛けられた。


「あー、お兄さん」


拓海が振り返った先には、頭2つ分程背丈の低いライダース姿の人間が立っていた。格好から見てバイク乗りなのだろう。年は拓海とそう変わらず、この年の女で珍しいなと拓海は思った。


「せめてそのステッカー外して貰えない?それ見たバカが何するかわかんないから」


女が指したのはTFOAと刻まれた白地に黒のステッカーだ。武装の代紋を外せと言って来た女に拓海は困ったような顔を作る。


「あー、不味い?これ?」
「不味いって、貴方のところと毒蛾、今、喧嘩中じゃないの。不味いところじゃないわよ。見つかったら下っ端もそうだけど、幹部連中でも気が短い人間ならパイプ持ってボッコボコにしに来るわよ!」
「詳しいんだな」


拓海の目の色が変わる。とはいえ、女相手なので副頭の顔にはならないが、雰囲気が変わったのは女も気付いたのだろう。


「べ、別に知り合いが毒蛾の人間なだけよ。それよりも早く取ってよね!こんな手の込んだバイク、ボッコボコにされたら承知しないんだからぁ!」


そう言って狼狽した女は走り去って行った。すぐにバイクの走り去る音が聞こえたが、なるほど確かに言うだけあって良い音をしていた。おそらくはただバイクが好きなのだろう。そうでなければわざわざ武装の皮ジャンを着た拓海に話しかけては来ないだろう。そう拓海は思ってステッカーを外した。半泣きで去って行った所を見ると、度胸がある女という訳ではなさそうだ。それなのにも関わらず警告してくれたのだ。ここは従っておこう。にしろ、さっきの女にしろ、この街は妙な女が多い。拓海は笑ってステッカーをポケットに突っ込むと、目的地までの道を歩いた。目的地までもう少しと言う所で、見覚えのある横顔が見えた。買い物帰りなのか、両手に買い物袋を一杯ぶら下げていた。たった1日しか調べれなかったが、それでもは安生でそれなりに知られた存在らしく、大まかな情報を手に入れる事が出来た。


は毒蛾の頭、前川宗春の幼馴染だった。毒蛾の幹部の中にも何人か幼馴染はいるらしく、彼らが溜まり場に使っているJammin、通称Jmで呼ばれるダイニングバーでアルバイトをしているらしい。今日の拓海の目的地もそこだ。運が良かったら会えるかな程度に考えていたが、本当に自分は運が良いと拓海は笑う。は1人だった。両手に抱える荷物のせいで歩みの遅い
近付くと、拓海の悪戯心が疼き始めた。何と話しかけようか。考えた末、拓海は決めた。


「こんにちは」


まずは基本に沿って。


「こんにちは、さん」


教えてもいない名前を呼んだらどんな顔をするだろうか。疼く悪戯心が表に出ないよう抑えながら、拓海は笑顔でその名前を口にした。