案内役であったはJmの引き戸を引いた。


先に店内に入ると、に気付いた幼馴染達からおかえりと声を掛けられる。しかし、すぐにの後ろに立つ男の存在に気付き、空気が一気に一触即発の物に変わった。拓海の革ジャンの腕部分に武装戦線の文字が見えたのか。誰かが武装と呟く声がした。それに反応したのが常雄である。全身をバネのように伸ばして、拓海目指して飛び掛った。


「なっ!!」


常雄の拳は拓海には届かなかった。拓海の前にが立ち塞がり、それに気付いた時にはもう遅かった。常雄の拳をの左手が防ぐ。は素人の女だ。常雄の拳の威力に押され、その体は後ろに弾かれたが、後ろに居た拓海がクッション代わりになったので、転倒する事は無かった。


「痛っ・・・」
「馬鹿!何で間に入った!」


痛みに顔を顰めるに遠山が怒鳴る。は目に生理的に滲む涙もそのままに、顰めた顔を常雄に向けた。


「逆に聞く。何で殴った?」


感情の感じられない平坦な声では聞き返した。質問に対して質問で返すに、常雄は言葉を吐き出す前に国吉の鉄拳に襲われた。


「その通りだ。わざわざやって来た勇気ある客人に失礼だろうが。・・・・・・だが、。何でお前も間に入った?」


女なので鉄拳制裁は無いが、咎める国吉の言葉がに投げ付けられる。それに対しての目が拓海に向けられた。


「卵入ってたから」
「あ?」
「だから藤代さんが持ってた買い物に袋に卵入ってたの!あのまま殴られてたら卵が駄目になるでしょうが!」


勝手に奪われたとは言え、ここまで荷物を持って貰った事には変わりない。敵地に乗り込むのに荷物で両手が塞がっている時点で何かおかしいとだって思っている。思っているのだが、それでも少しは助かったという気持ちもある。それ故には自分の我侭だと思われるような理由を口にした。


「卵って・・・。まぁ、良い。昇、の手を見てやってくれ。多分、後々腫れる」


の緊張感の無い言葉に、国吉が呆れた顔をする。付き合いの長さは他と比べれば短い方だが、同じ毒蛾の頭脳役同士、接する機会は多く、それ故に相手の意図にも気付きやすい。言外に説教は後回しだと国吉は治療を優先させた。


「おぅ。、こっち来い」
「あー、待って」


手を振る昇の後ろで瑞穂が救急箱を従兄から受け取っている姿が見えた。少しだけ待って貰い、は後ろを振り返る。


が振り返った途端、頭上から謝罪の言葉が降って来た。心底申し訳無さそうな顔が目に映る。は気にしないでと告げると、拓海に手を伸ばした。正確には拓海の持つ買い物袋にだ。


「痛かっただろう?先に見て貰いなよ。――この荷物、奥に運べば良いですか?」


が遠慮する事に気付いていたのだろう。拓海は店の奥に向かって話し掛けた。カウンターでずっと話し掛けるタイミングを見計らっていた従兄が、拓海を店の奥に呼び寄せた。奥に消えて行く拓海を視線で追っていたのだが、国吉に背を押され、そのまま昇の隣に座った。毒蛾の中でも屈指の実力者である昇だが、別に喧嘩好きという訳では無い。自分から喧嘩を吹っかけると言う事は殆ど無く、その為、好戦的な幼馴染達の怪我の手当てをする機会が多かった。赤くなったの手をまじまじと見た後、掌、指、手首を触る。昇が手首を動かした途端、顔を思いっきり顰めて体を捩った。捻ったかと昇は呟くと、湿布をの手首と掌に張り、その上に包帯を巻いた。




治療が終わってもはカウンター席から動かなかった。今日はバイトを休めと従兄から言い渡されたせいだ。日の高い時間帯なので、一般の客はまだいない。客として店に留まる事を選んだは、ウーロン茶を注文すると、グラス片手に副頭同士の話し合いを見ていた。


拓海から提案された日時に関しては問題ない。少し日が高い時間だが、おそらく人目につかない場所を選ぶつもりなのだろう。首無街道のコンクリート工場の言葉に、は記憶の中から情報を引き出していた。安生市と戸亜留市を結ぶ道路はいくつか存在するが、首無街道は最も古い道路だ。山を迂回するので時間も掛かり、新しく出来たバイパスのお陰であの街道を使うのは今となっては付近の住民くらいだ。一時、夜に族が走りに来ていたが、住民の訴えで定期的に警察が巡回しているが、その巡回も夜にならないと始まらない。コンクリート工場自体、結構な高さの壁に囲まれており、工場建設の際に森の一部を伐採して作ったので、周辺も鬱蒼とした木々に囲まれている。中に入ってしまえば、おそらく他の誰かにばれる事はないだろう。安生市、戸亜留市の中間地点に当たるので、距離的にもちょうど良い。誰が見つけたか良い場所を見つけて来たと感心していると、名前を呼ばれて意識をそちらに向けた。


。首無街道にあるコンクリート工場、知っているか」
「まぁ、少しは」
「どう思う?」
「私から見てほぼ問題は無いと思うよ。強いて言うならば現地に向かうまでは大人しくしておかないと、警察が来る可能性が無い訳では無い」


ちらりと意味有り気に国吉に視線を投げる。こちらに背を向けて座っていた拓海の視線にも気がついていたが、は気付かない振りをした。


「私は喧嘩はさっぱりだからね。後で見て来なよ」
「ああ、そうする」


詳細は後で説明すると暗に言えば、苦笑いを浮かべた拓海と一瞬だけ視線があった。警戒してる?そうに問いかける眼差しに、は曖昧に笑って誤魔化した。


帰る際、拓海は畑と忍を見て、はたけくんとたかしろくん?と尋ねた。肯定した畑に拓海は満足そうに笑うと、挨拶をし、にもう1度謝罪をしてJmを後にした。拓海が出て行ったドアの向こうはすっかり薄暗い。日が暮れ、バイトのある瑞穂が帰る際、常雄も一緒に帰った。帰り際、に謝罪するが、危ないからもうああいう真似はしないでくれと懇願される。頷いたを見て常雄は帰った。



「何?」
「武装の2人組の男、安生入りしてないか?」
「してるけど、街をぶらつく訳でもなく、安生にいる武装の情報担当の下っ端の所にいるんだよね。だから国吉に安生入りした報告しかしてないよ」
「なるほど。そいつは俺と忍の客だ。2丁目の倉庫まで誘導出来ないか?」
「良いよ。その2人の耳に入るように情報操作しておく」
「助かるぜ」