生まれ変わって出来た2人目の父は、仕事熱心な人でした。


物心がついた頃から父方の祖母の世話になっていました。週に2回見れば良い方?とにかく家に帰らない。普通の子供なら何らかのアクションを起こして関係改善を迫れば良かったのかもしれないけれどね。外見は幼稚園児でも、中身は成人間近の女な訳で。


一言で言うならば、


「誰がやるか、面倒臭い」


この一言に尽きる。


だって何すれば良い訳?子供の浅知恵で考えろって言われても、中身は19歳よ?出来ないって。圧倒的にデメリットの方が多い。家出とかマジ無い。そんな事したら可愛がってくれてるばーちゃんの心臓に悪い。


前の人生では親戚はおろか、親の顔も知らなかったからね。帰って来ないけれど父はいるし、可愛がってくれるばーちゃんがいる。それだけで充分満足、だ。


そんな訳でばーちゃんっ子になっていた私の世間的な評価は『大人しい子』『手が掛からない子』『賢い子』になってました。大人しい、手が掛からないは仕方無い。普通の子供と違って精神が成熟してるからね。ばーちゃん、膝も腰も悪いから、買い物を自主的に引き受けていたら、それだけで賢い子扱いされました。世の5歳児ってどこまで出来るんだ?その辺わからないから結構自重も加減もしてたつもりだけど、5歳児が自重してる時点でおかしいって思わなきゃ駄目だった。


そんな私もようやく16歳になった。前の人生でわかってたつもりだけど、早く成人したいよ。やりたい事、大抵、年齢で引っ掛かるんだわ。アルバイトだってやっと今年から始められたしね。


も16歳か」


しみじみとそう言ったのは、付き合いがそこそこ長い男の子。藤代拓海くんである。年は私の2個上で、誕生日が来れば今年で18歳。私と義理の兄妹になる筈だった少年である。


義理の兄で大体見当はつくかと思うが、あの仕事熱心なあの父にもまだ女性との縁が残っていたらしく、それが拓海くんのお母さん――夏海さんである。本当ならば入籍して、戸籍も一緒、法的に家族になる筈だったのに、その前に不慮の事故で父が仕事に出たまま帰らぬ人となった。


そんな訳で私と拓海くんは法的には赤の他人だが、実際は兄妹のように仲が良い。・・・何故か兄さんと呼ばせてはくれないが。血も繋がっていないし、法的にも無関係だから、仕方が無いかもしれないが、彼の私の可愛がり様は、シスコンと周りから呼ばれてもおかしくない溺愛っぷりだ。将来、結婚しようなーと冗談で言った善次郎くんの顔面に問答無用のアイアンクローを掛けるくらいのレベルだ。付き合っちゃおうぜと茶目っ気たっぷりに言って、ほっぺチューをして来た男には無言でシャイニング・ウィザードを食らわせていた。確かあの人、名前、前田さん・・・だったかな?(正解:前川さん)顔は拓海くん並に整っていて、背の高い男の人だったから覚えているけど、名前は曖昧なんだよね。拓海くんも覚えなくて良いって言うし。


拓海くんは温厚で無用な喧嘩は避けるのに、私が絡むと一気に好戦的になるんだよなぁ。将五くんでも止められないから、結局私にお鉢が回ってくるんだよね。まぁ、拓海くんを止める事自体は構わないのよ。ただ、将五くん、同じ加地屋中出身だからって迎えにバイクで来ないでよ。担任が真っ青になってたけど、在学中に何したのさ。




現在、拓海くんは市内の中心部にある下宿先でお世話になっている。今日は私の誕生日という事もあって、久しぶりに家に戻って来ているが。本当ならばここに夏海さんも加えた3人で祝いたかったが、夏海さんは入院中に知り合った男性に食事に誘われて外出中だ。拓海くん曰く、その男性は夏海さんに気があるらしい。拓海くんが送り出すくらい誠実な男性のようなので、上手く行って欲しいところである。しかし、拓海くんは一体どこでそんな話を調べてくるの?え?武装クォリティ?武装クオリティなら仕方無いね。十三さんとか何でも知ってそうな気がするし。


いつもよりほんの少しだけ食事のグレードを上げて、食後にケーキを食べていたら、拓海くんから大事な話があると言われたので、最後の一口、一口と言うには大きな塊を口の中に入れ、完全に咀嚼して珈琲で流し込んだ。


「拓海くん、何かな?」
も16歳になったし、俺もあともう少しで18歳になる」
「親の許可さえあれば結婚出来る歳だねぇ」


特に深い意味は無かった。たまたま私達は2つ年の差があった。女の16歳、男の18歳で真っ先に思い浮かぶのが結婚出来る年齢だろう。マンガや小説、TVでも時々出て来る法律だ。実の仲の良い実の兄妹でこんな話が出たら、おいおい俺達血が繋がってるだろうが、と大笑いするだろう。拓海くんならば何と言うだろう。には結婚はまだ早すぎるよ。もっと大人になって、俺の目に適う良い男を探すんだよ、か?しかし、現実はその想像の斜め上を行った。


「うん、俺もようやく18になる」


その言葉に、ん?と思わず首を傾げる。会話をスルーされた気もしないでもない。



「はい?」


名前を呼ばれ顔を上げれば、熱の篭った視線とぶつかった。そういう目で見られた事が無い訳ではない。ただ兄が妹をその目で見るのは明らかにおかしかった。


待て待て待て待て。心の中でストップを掛けるも、状況が止まる事は無い。すっと手を掴まれた。その流れる動きに、お前はどこのナンバー1だぁぁぁと叫んだ。勿論、心の中で。


「好きだ」


想像通りの言葉だった。両親の良い所どりの顔立ちのお陰か、何度か聞いた事はあった。2度目の人生で同世代よりも精神年齢が高く、同世代の大半が子供にしか思えない。だからその全てをごめんなさいで乗り切って来た。今まで私の前で告白して来た彼らの気持ちに偽りは無いと思っている。だが、ここまで熱のある告白は初めてで、今までの経験が役立ちそうにはなかった。黙ったままの私に対し、拓海くんは優しく微笑んでいた。今の私がどんな顔をしているかはわからないが、顔が真っ赤なのは間違いないだろう。


「今までもこれからも一緒にいたい。『本当の』家族になりたいんだ、俺」


その言葉にピンと来た。脊髄反射のように私は考える前に今までの最大の疑問を叫んでいた。


「今まで兄さんと呼ばれるのを拒否していたのは、そのせいかぁぁぁ!!」


何故、この男が態度は柔らかくも、頑なに兄呼びされるのを拒んで来たのか。全てはこの時の為だったのだろう。


「って、事はちょっと!貴方、4年前からそのつもりだった訳?!」
「ふふ、あなた、って何だか夫婦みたいだね」
「ご・ま・か・す・な!」


クスクスと笑うこの男に怒鳴る。今まで拓海くんと呼んでいたのは、兄と呼べない代わりだった。途中から溺愛されてたからはまったく疑ってなかったが、一緒に暮らし始めた最初の頃は凄い悩んだんだぞ!実は嫌われてるんじゃないかとか。いきなり大きな妹なんていらなかったとか。確かに妹はいらんわな!恋愛対象を妹と見る事なんて出来ないわな!もしかしてあれか!あの時、自棄になってたのもこのせいか!わかるかぁぁぁぁぁ!!4年前なんて下手すりゃランドセル背負ってるわ!!


はぁはぁと肩で息をする私を長い腕が包み込む。溺愛と私が言うように、今ままでもスキンシップは多かったが、それでも背中に張り付いたり頭を撫でたりするくらいだった。兄と呼ばせなくても態度は兄だった。心までは違ったようだったが。急にこんな風にされると、困る。


「うん。が言うように、俺は4年前からこの日を待っていた」
「よ、4年前って拓海くん、中学生だったよね?」


確か2年生の時だ。その頃、将五くんも肩を壊して荒れていて。拓海くんと荒れてた時期が被ってたから大変だった。あの時期は十三さんが癒しだったんだよなぁ。今じゃ考えられないけど。十三が癒し?ねぇよと笑ったゲンさんの言葉は正しかった。


「うん、中2の時かな。初めて母さんに連れられて顔合わせした時、びっくりしたよ。初恋の子がまさか再婚相手の連れ子だなんてまったく思わなくてさ」
「は、初恋?」


指で自分を指して聞けば、嬉しそうに頷いてみせる。


「うん」
「いつ?!」


18歳と16歳ならばそこまで差を感じない。年齢から見て同じ高校生同士だ。だが、14歳と12歳じゃ中学生と小学生で、その差は大きい。


「俺が中学入った頃かな」


小5と中1ってセーフですかぁぁぁああ?セーフですかぁぁぁ?前世じゃ恋愛してる余裕無かったから、ちっともわからない!!



「はい」
「ゆっくりで良いから少しずつ考えてね」
「・・・うん」


付き合わないを選択すれば、余程の事が無い限り、拓海くんとの縁は切れるか、いつ切れてもおかしくないくらい薄い物になるだろう。それだけ拓海くんの気持ちは重い。行き所を無くした気持ちを抱えて私の傍にいろと言うのはあまりにも残酷だ。


「・・・まぁ、逃がしてあげないけどね」


ぼそっと恐ろしい事を吐いた拓海くんを思わず見る。見なければ良かったと後悔するのはそれからすぐの事だった。



藤代拓海くんの妹にはなれませんでした。
本人的にはいずれ恋人、行く行くは夫婦希望だそうです。