「「「「けっこんしきぃ〜?!」」」」


その日、たまたまそこを通り掛った加藤さん(仮)は野郎共の綺麗にハモった台詞を聞いた。思わず加藤さん(仮)はその声の先を確認する。曇り硝子の窓に庵原探偵事務所の文字。ああ、ここが、あの、と加藤さん(仮)は足を止める。探偵事務所と結婚式、そして中にいる人間の心底嫌そうな声。興味が沸き次の言葉を待つが、軽快に鳴る電子音にふと我に返る。仕事中だという事を思い出し、加藤さん(仮)は名残惜しそうに一瞥すると、仕事へと戻った。







「そ、そんな呆れなくても・・・」


加藤さん(仮)の存在に気付かないまま、ピエールが慌てた様子で口にする。彼の対面に座る若菜は珍しく不機嫌さを表情に含ませ、それを正面から見た途端にピエールは謝り始めた。ソファーの後ろに立っていたクロード、アンリも途端に気不味そうな表情に変える。


世田谷Stupid
結婚式
そして若菜


誰もがあの一件を思い浮かべた。若菜の不機嫌さに気付いた一樹がぐるりと室内を見渡す。桐子と武村はお互いに照れながらあの事件の話に花が咲いていた。ハイジと犬丸はその事件には関知していないので何の話だと首を傾げていた。無邪気に尋ねて来たジャンに冷や汗を流しながら「後で」と切り返し、無心でマジポテトを食らう遼を見てから、仕方なく一樹はピエールに話を促してみた。




「ピエールの所には結婚式絡みの依頼、多いの?」
「教会ですから、結婚式のお話は多いです。・・・・・・結婚関係の浄霊や除霊の仕事は今回で2度目ですけれど」
「1度目でアレかー」


「あー」と言う何とも言えない呟きが重なる。


「アレはねー」
「確かにアレは」


若菜を除いた事件の当事者達が口を開き始める。話についていけないハイジはその言葉1つ1つに耳を傾け、情報を整理し―――。


「結婚式に殴り込みをかけた武村さんがドレスを着た桐子さんを浚ったんだけど、いつの間にか花嫁は入れ替わっていて、後を追った若菜さん達は無残に変わり果てた姿になった花嫁を発見したって事?」
「配島。何だ、その殺人事件は?」


ハイジの頭の中で断片的な情報は殺人事件へと纏められてしまったようだ。「違うの?」ときょとんとした顔で首を傾げるハイジに「違う」と武村は脱力した声で返した。不機嫌さを露にしながらも若菜が以前遭った偽装結婚式の話をすれば、哀れみを帯びた視線が若菜に集中した。


「ええぃ!そんな目で見るな!」


集まった視線を振り切るようにブンブンと若菜が手を振り回す。


「とにかく俺は今回はやらないからな!」


声を荒げて若菜はそれだけ言うと、半ば倒れ込むようにソファーに腰を下ろした。それを見てピエール達3人は互いに顔を見合わせる。


「前回みたいな事がないように、俺達3人は結婚式を進行しながら結界を張る」


「残念だわー」とアンリが肩を竦めてみせる。


「そうなると桐子ちゃんなんだけど」


ちらりとアンリが視線を桐子に向ければ、恥ずかしそうに頬を染める桐子。その横の武村も顔を真っ赤に染めて硬直と言う似たり寄ったりの反応だったが、その後、鼻から物凄い勢いで血液を放出し、その血溜まりに倒れ込んだ。思い出したのか、それとも妄想か。


「だ、駄目だ!桐子は駄目だ!」


涙目で若菜が制止に入る。娘のウエディング姿は見たくない。そんな世の娘馬鹿のお父さんもドン引きな必死さだった。


「じゃあ、どうするの?他に誰かいるの?」
「誰って言ってもなぁ」


互いに顔を見合わせ、今回の仕事の条件を口にする。


「霊力が強くて」
「自衛出来る」
「結婚適齢期の女の子」


その言葉に答えるように庵原探偵事務所のドアが開いた。若菜達の視線がドアに向く。


「あれ?皆さん、お揃いでしたか?」


この界隈では有名な菓子店の印刷された紙袋を片手に1人の女性が入って来た。女性の名前は。都内の大学に通う19歳の女性。白祭家、嵯峨家と親交の深い家に生まれ、フォックステイルとの最終決戦でも活躍した―――今回の仕事の条件を全てクリアしている女性だった。




「あ、カモがネギ背負ってきた」
「カモネギ?!」


武村のあからさまな例えには何事かと驚き、辺りを見渡した。と目の合った全員が微妙な顔をする中、のっそりと配島が彼女の前に立った。長身の配島にの姿は隠れてしまい、まるでを守るように立ったかに見えた。


「甘い匂いがする」


屈んだ配島は鼻をひくつかせた。


「あ、シュークリーム買って来たんだ。多めに買って来たからこの人数でも全員に回ると思う」
「シュークリーム!」


とろんと蕩けそうな顔に変わった配島に、皆で食べようねとは言うと桐子に紙袋を手渡した。桐子が給湯室に入って行き、その後をふらふらと武村が付いて行く。きっとお茶と一緒に出してくれるに違いない。


「ところで何の話をしていたのですか?・・・そのカモネギとか?」


あまり良い意味を成さない言葉を投げかけられたが困惑気味に尋ねる。誰が説明するか互いに目配せした後、話を持ち掛けたピエールが今回の仕事の内容を語り始めた。







「花嫁役ですか」
「そうなの。今回も結婚式の最中じゃないと現れない霊で、偽の結婚式で誘き寄せようとしたのだけど、アタシは逃げられないように来たら結界張らないと行けないし、桐子ちゃんはねー」


アンリの視線が桐子の周囲に向けられる。再び鼻血の海にダイブした武村と、花嫁の父よろしくな感じで男泣きする若菜。何とも言えない光景には曖昧に笑って誤魔化した。


「まぁ、皆知っている人だけならやり易いでしょうから、引き受けても良いですけど」
「マジ?じゃあ、俺、新郎やっちゃおうかな〜」
「一樹くん」


冗談交じりに一樹が立候補し、それを見てがにこやかに笑うが、そうは問屋が卸さない。ギロリと目を光らせた遼が背後から一樹の頭を鷲掴みし、そのまま自分の方に引き寄せた。


「かーずーきー」
「何、こっそり立候補してるんだー?」
「な、何で若菜とトオルが怒るんだよ!」


若菜と遼に殺気混じりの視線を送られて、冷や汗を掻きながらも問い質す一樹。若菜は桐子、遼は一樹の母、美紗緒の事を想っているのはこの場に居る殆どの人間が知っており、一樹も暗にそれを匂わせる様に言えば、2人は気不味そうに顔を逸らした。桐子と武村が交際を始めて2年、フォックステイルとの戦いで美紗緒を浄霊してからもうじき1年経とうとしていた。よくも悪くも若い2人である。初恋の人を忘れた訳では決して無い。だが彼らもずっと同じ場所で足踏みしている訳ではなかった。前向きに進んだ結果が同じ女性を好きになったのは2人とも非常に不本意であったが。(本人達は意識していないが、美紗緒とは親戚なので顔立ちや性格が似ており、また桐子とは年が近い事もあってどうしても若菜に対する接し方が似ていて・・・前を払拭し切れていない若菜と遼が惹かれる要因は十二分にあった)


「「新郎は譲らん」」
「何でだよ!」


ギャーギャーと言い争いを始めた阿佐ヶ谷ZIPPYを世田谷Stupidがハラハラと、犬丸は指で耳栓をしながら傍迷惑そうに、ハイジとジャンとはイマイチ意味がわかっていない顔で眺めていた。


「何、やってるんだ?あいつら?」


シュークリームの乗った皿を両手に抱えて戻って来た武村は、掴み掛りの争いにまで発展した阿佐ヶ谷ZIPPYの仲裁に入るかどうか桐子の顔色を伺う。しかし、お茶をお盆に乗せてやって来た桐子は慌てる様子も見せずに「終わったらお茶にしましょうね」と3人に声を掛けると、他の人間にお茶とシュークリームを手際良く配り始めた。


「平和ですね〜」
「平和、か?」


桐子の発言にクロードがツッコミを入れるが、肯定の言葉しか返って来なかった。そういうものかと頭を捻るクロードを尻目に、ピエールが「新郎役は決まるのでしょうか?いえ、決まったとしても無事に今回は終わるのでしょうか?」とまるで神に問い掛けるかのように小さく呟いた。阿佐ヶ谷ZIPPYの誰に決まっても一波乱ありそうな顔触れである。胃の辺りを押さえるピエールの呟きに答える声はなかった。


「えっと・・・私、やらない方が良かったりします?」


代わりのの言葉にピエールは緩やかに首を横に振り、「ご協力感謝します」と告げるのだった。





結局、新郎役は誰に決まったのか。
そして結婚式は無事に終わったのか。


それは今の所、神のみぞ知る。