父親の転勤という分かり易い理由で、私の引越しによる転校が決まった。1年間だけ通った中学校。特にクラスメイトから別れを惜しむ声を聞く訳でもなく、向こうでも頑張れという社交辞令程度の言葉をいくつか貰う程度だった。いてもいなくても変わらない。クラスメイトの反応が今年1年の私に対する評価に思えて、悲しくて涙が出そうだった。


次の学校では頑張ろう。新たな決意を胸に、私は新しい学校の門を叩いた。







新しい制服に身を包み、桜の並木道を歩く。以前の学校の物よりもお洒落な制服は、有名デザイナーによるものらしい。今日という日のために私は色々と準備をして来た。眼鏡をやめてコンタクトに変えた。髪もロングから思い切ってショートカットに変えたし、毛先もワックスで軽く跳ねさせてみた。そうして新しい制服を着てみたが、自分でもなかなかイケていると思った。少なくても以前の自分を知る人間が見たら驚くだろう。実際、母親は私の変化を大いに喜んでくれた。不安よりも期待が勝る状態で私は今日この場所に立った筈なのだが・・・。




最初に違和感を感じたのは、職員室に足を踏み入れた時だった。失礼します。そう言って入った職員室は、一瞬にしてざわめきに包まれた。近くにいる教師が恐る恐る私に声を掛けてくる。転校生である事、学年、氏名を名乗れば、担任の男性教師がやって来た。私を上から下まで眺めるように何度も見た後、引き攣りながらも今日からよろしくと言った。変な所でもあっただろうか。あっという間に期待が不安に早変わりし、それに伴い表情も硬いものに変わる。それに気付いた担任が慌ててフォロを入れたが、時既に遅く、沈痛な面持ちのまま担任と共に教室へと向かった。




次に違和感を感じたのは、教室へと向かう途中での事だった。既に生徒は教室に入っており、閑散とした廊下を担任と2人歩いていたのだが、ゆっくりと上背のある人物がこちらに近付いて来るのが見えた。第一印象としては派手な男性。濃い色のスーツと柄物のスカーフだが、どう着こなせばそうなるのだろうかと不思議に思うほど、似合っている男性だった。先を行く担任が男性に軽く会釈したので、私もそれに習う。すると男性は私と目があった瞬間、日本人離れした整った顔を驚愕のものに変えた。

「君・・・は・・・?」

職員室での教師達と同じ反応だった。私に何か問題があるのだろうか。不可解さに不安が心中を占める中、担任が慌てて私と男性の間に入った。

「転校生のですよ」

上擦った声で担任が告げると、男性は私を上から下までじっくりと眺めた後、楽しそうに表情を緩めた。

「私は音楽教師の榊だ。担当は2年なので、君のクラスも受け持つ予定だ。よろしく頼むよ」

礼儀正しく振る舞うその姿に英国紳士という単語が思い浮かぶ。よろしくお願いしますと返せば、楽しげにその男性、榊先生は笑うとこれから楽しくなりそうだと言って私達とは反対の通路を歩いて行った。




ここで待っているように伝えられ、先に担任が教室に入る。1度ドアは閉められたが、廊下に居ても
担任の声は良く聞こえた。ざわめく教室内。それを1度鎮めるように咳払いをした後、もう知っていると思うが、と話を切り出した。すぐに名前が呼ばれたので、私は目の前のドアに手を掛けた。教壇に立つ教師の横に並ぶ。黒板には私の名前が書かれており、さて自己紹介をと教師が言ったところで別の声が私の言葉を遮った。


それは絶叫だった。
それは聞き慣れない人名だった。
それは決して好意的に捉えるには難しい言葉だった。


赤いおかっぱの男子生徒が席から立ち上がり、私を指差す。

「お前!跡部!何、女装してるんだよ!!」

責めるようなその口調に思わず後ずさってしまった。すると背後で何かが動く音が聞こえた。ガラリと乱暴にドアが開けられた音が1度したが、目を遣るとこの教室のドアは閉められたままだった。が、すぐに前方側のドアが乱暴に開けられる。


憤怒のオーラを背負っているのは、誰の目から見ても明らかだった。席についた生徒達の中で唯一腰を浮かしたおかっぱの彼をギロリと見た後、呪詛のように彼の名前らしき言葉を吐く。知り合いなのだろうか、おかっぱの彼は酸素を求めるように口をパクパクと開いて黒板の方、つまり私の立つ方向を指差した。柄の悪い言葉と共に突然の闖入者が私の方を向く。

「え?」
「あ?」

顔を見合わせて私達は互いに驚いた。それはまるで鏡のような光景だった。食い入るように私達はしばらくの間互いの顔を見た後、視線を少し下にずらした。男子用の制服が目に映る。向こうの目にはおそらく女子用の制服が。―――世界には自分とそっくりな人間が3人いると言われているが、何もこんな近くに、しかも同じ年で、更に言えば男性じゃなくてもいいだろう。そんな文句を言いたくなったが、誰に言っていいのかわからずに内心に留める羽目になった。

「てめぇ、俺と同じ顔をしているとはいい度胸だな」

最も向こうは言う相手を私に定めたようで、私に苦情をぶつけて来たが・・・お門違いだろう。

「跡部の従妹とかじゃねぇの?」

蛇に睨まれた蛙状態から解けたおかっぱの彼が問いかける。

「生憎だがこんなに美しい顔を持って生まれたのは俺一人だ」

自信満々に闖入者の彼、跡部と呼ばれた男子生徒がそう宣言する。あまりにも自信満々に言う彼の背に赤いバラが見えたが・・・・・・おそらく幻覚だろう。この事態にかなり疲れているかもしれない。


ちらりと担任に視線を送る。とりあえずこの場を収束して貰おう。視線に気付いた担任も我に返ったようで、即座に場を収めようとはしたものの、跡部と呼ばれた男子生徒は意にかえさず、不敵に笑うだけだった。その姿にびくりと担任が震える。




仮にも一回りも年下に怯えるのは如何なものか。そう呆れ返っていると、開けっ放しのドアの向こうから声がした。

「跡部、そろそろ戻るで」

まるで窺っていたようなタイミングの良さだった。闖入して来た彼よりも更に背が高い。人を選ぶ丸眼鏡は、ダサくなるどころか長い前髪と相乗して格好良く見えた。やはり私の姿を見た時には驚いた表情に変わったが、それも一瞬の事で、前にいた跡部氏を押し退けて私の前までやって来た。後ろで跡部氏が喚くが、彼はその一切を無視する。


「あんた、名前は?」
「え?」
「ジブンの名前」

ぴっと長い指で私を指差す。慌てて名前を言えば、眼鏡の彼は面白そうに私の名前を繰り返し口にした。

「おい、忍足」
「なんや?」

跡部氏が忍足と呼んだ男子生徒の肩を引っ張るが、彼は跡部氏が教師に対してそうしたように不敵に笑うだけだった。この状況でこの顔が出来るとは。肝が据わっている彼に感心していると、頬に何かが当たった。よく見れば、彼の長い指が私の頬を押していた。

ぷにっ。ぷにっ。

擬音で表すのならこんな感じに、何度も彼は私の頬を突いた。楽しそうににっこりと目が伏せられる。

「跡部もこのくらい可愛げがあったらなぁ」
「この俺様が可愛い訳がないだろう」
「だから可愛げが足りん言うてるやろ」
「はっ」

そこで跡部氏が鼻で笑って見せた。高慢な仕草だが彼がやると不思議と違和感を感じない。顔は瓜二つと言っていい程、私とそっくりだが、独特のオーラを放つ彼にはとてもお似合いなのだ。

「そもそもだ。俺様と同じ顔をしていながら可愛いという事自体がおかしい。こんな事、天地がひっくり返ってもありえないと思ったのだが・・・」

何だか一気に問題が地球規模まで発展しそうな勢いだが、ブツブツと跡部氏は自分の思考を口で呟いた後、忍足氏、私の順に顔を眺めた。すると途端に何か閃いたのか、表情が明るくなる。

「ははは、この前、忍足に付き合わされた甲斐があったな!」

はははは、と一頻り高笑いした彼は、びしりと鋭く内角を抉るように振るった腕を突き出す。その指先は私に向けられており、彼は高らかに宣言した。

「この跡部景吾がお前をプロデュースしてやる!光栄に思え!!」

呆気に取られた私を他所に再び高笑いする跡部氏と、楽しそうにニヤリと笑う忍足氏と、何が何だかわからないという顔のクラスメイトと、頭を抱える教師と。混沌とした状況はホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴るまで続いた。










跡部様の跡部様による跡部様のためのプロデュース。