「何?」
「すまんが、摂津を回収しに行ってくれないか?」


あの時、あっさり承諾した自分がちょっと恨めしい。







そんな訳でジョギングがてらやって来ました、四天宝寺中学校。うちの学校から1番近い中学校なので、色々とライバル関係にあるらしいが、寺の中に学校があるって凄いな。さて、目標はテニスコートにいるらしいが、テニスコートってどこだ?


「すいません」
「あ?」


近く歩いてた生徒を発見。ラケットバックを持っていたので、さっさく声を掛けたんだけど、むちゃくちゃ面倒くさそうな対応されたよ。てか、この子、両耳にピアス幾つつけているんだ?


「この学校のテニスコートってどこにあります?」


うん、言った瞬間、予想通り睨まれたよ。偵察かと思ったのかね。


「アンタ、うちのテニス部に何か用か?」
「うちの学校のテニス部長がお邪魔してるっぽいので、回収に来ました」
「は?回収?」


うん、回収って言われても、訳わかんないだろうね。


「うちの部長が白石くんとやらに殴りこみを掛けたらしくてね。それで副部長に回収して来いって頼まれてお邪魔しました」
「はぁ・・・。それならさっさと回収して帰れや」
「うん、そうするよ」


スタスタと足早に歩く彼の後ろを追って歩けば、しばらくして四方をフェンスに囲まれたテニスコートが見えた。聞き覚えのある声が耳を掠める。


「勝負せえ!白石ぃぃぃ!!」
「何、帰ろうとしてるんや」


コートの真ん中でフルスロットルな親友の姿に、思わず回れ右をした私は悪くない。親友よ、仮にもテニス部部長の君がそれで良いのか。


奴が落ち着くまでどこかで隠れて様子を眺めてようかなと考えていたけれど、一緒に来た彼がそれを許さず、私のパーカーのフード部分をガッと掴んだ。


「さっさと回収しぃや。部活できんやろ」
「・・・そうだね。それじゃあ、お邪魔します」


自分の所ならばまだしも、他所様の練習の邪魔は流石に不味い。案内してくれてありがとうと言えば、彼は「早よ、行け」と言って掴んだフードを放してくれた。彼に会釈をしてコートの中へ入る。


誰だお前的な視線を一切合財無視する。騒ぎの中心に近づくにつれ、聞こえて来る会話に大体の状況の把握は出来た。勝負しろと騒ぐ親友を宥めすかしている背の高い男が、例の白石くんなのだろう。ミルクティのような色素の薄い髪、整った顔立ちをしているが、何よりも目を惹くのは左手に巻かれた包帯だ。指先こそ出ているが、手のひらから肘の手前までぐるぐると包帯で巻かれている。ラケットを持つ手も左。利き手を怪我するとはついていない人だと思った。親友に突っ掛かられてる時点でついてないのだろうけれど。


ぎゃーぎゃー騒ぐ親友の背後に忍び寄る。ふと白石くんと目が合う。内緒と指を口元に置けば、そのまま黙っていてくれた。良い人だ。


「白石、聞いて――お゛あ゛ぁ゛」


背後から忍び寄ってやる事と言ったらただ1つ。膝カックンである。完全に油断していたので見事に決まり、親友はストンと綺麗に膝から崩れ落ちた。


「おわぁ!お前、来たのか!」
「きょーちゃんに言われて回収に来たよ、せっちゃん」


振り返り怒鳴りつけようと口を開いた、親友で天王寺学園中学テニス部部長こと摂津祐輔は、私の姿を見た途端、一気に毒気の抜かれた顔に変わった。先程までの白石くんに向けていた暴走パワーは消え去ったものの、今度は私を回収に回した副部長の京橋に対してぶつくさと文句を言っている。


「ほら、帰るよ。四天宝寺の人の練習の邪魔したら駄目だって」


ジャージの襟首を掴んでぐいぐい引っ張ってみるが、若干苦しそうに眉を顰めるものの、せっちゃんはその場から動かなかった。白石を勝負するまでは動かんと意固地になっている。そんなせっちゃんにため息を隠さず吐くと、同じタイミングでもう1つため息が。件の白石くんだった。


「摂津、部長が部員困らせたらあかんで」
「こいつ、部員じゃないから」


俺より強いけどと、せっちゃんは一言余計だった。苦笑気味の白石くんの下がった眦が、ゆるりと上がる。興味津々といった視線が私に向けられたが、さらりと無視した。この場合、反応したら負けだ。


「すいません、お邪魔しました」


白石くんに頭を下げ、掴んでいた襟首を思いっきり引っ張る。せっちゃんをモップ状態で引き摺る形になったが、この際、気にしない。長居すると不味い気がビシバシするんだ。


「お、おまっ、首、首っ」
「ああ、ごめん。せっちゃん」


数メートル引き摺ると、せっちゃんが苦しげに呻いた。掴んでいた襟首を放し、持ち上げる。


「ちょお!何すんの!」
「さっさと帰りたいから大人しくしてー」
「だからってコレは無いやろ!止め!止めぇ!!お姫様抱っことかマジ止めて!!」
「うん?ちょっと重いけど学校までなら運べると思うよ」
「俺のメンタル的に止めて!」
「せっちゃん、メンタル面弱いなぁ」
「そういう問題ちゃうわ!男の矜持に関わんねん!だから止め!きょ、京橋、助け!!」


何故かエグエグと泣き始めたので、下に下ろす。あっと言う間にコートの隅に移動したせっちゃんは、体育座りのまま拗ねモードに入った。話しかけても返事が無かったので、元に戻るまで時間が掛かるだろう。肩を竦めて振り返れば、白石くんがすぐ後ろまでやって来ていた。侘びれば、「別にええで」とニコニコと笑っていた。


その直後、腰にドンと結構な衝撃が来た。普段から鍛えて来たので、バランスを崩す事も倒れる事も無かったが、結構勢いがあった。一体、何だと首を回せば、赤い髪が視界に映った。


「なぁなぁ、兄ちゃん!」
「うん?」
「セッツよりテニス上手いんか!」
「あー、一応、今の所は?」


1年生だろうか。まだ幼い顔にコロコロ変わる表情。声変わりしていない声は元気一杯といった感じだ。


「兄ちゃん、ワイとテニスしたって!」
「え゛?」


10分後、私はラケットを持ってテニスコートに立っていた。周りに男だと思われているのはこの際良い。いつもの事だし、そっちの方が今は好都合だからだ。普段から学校帰りにテニスをしていて、今日もせっちゃんを回収したらテニスをしに行く予定だった。そのため、ラケットもすぐに出せる状態にあったが、しかし、何故、他校の練習を邪魔しに来ていて、その上、テニスコートに立っているのだろうか。丁重にそれはもう丁重にお断りした筈である。しかし、当の遠山くんはゴンタクレ――困った人、悪戯者、乱暴者という意味らしいが、それはもう物凄く食い下がり、挙句、喚いた。元気もここまでくれば喧しい。


「せっちゃんー。流石にこれは不味くない?」
「お前、大会出ないから情報取られても痛くないやろ」
「そうだけど・・・部活の邪魔ですよね?白石さん」
「あー、金ちゃんがあんな状態の方がしんどいから、くん、お相手頼むわ」
「・・・はぁ、仕方ないかぁ」


テニスをするのは好きだが、状況が状況なので素直に楽しめそうにない。入ったばかりの1年生が果たしてどこまで出来るのやら。ため息を吐きそうになるのを抑えて、ラケットを構えれば、物凄い勢いでボールが向かって来た。いつもよりも反応が僅かに遅く、スイートスポットで捕らえたものの、押し返すには力が足りなかった。辛うじて返したボールは相手のコートに届かず、ネットに当たって自分のコートに転がった。「どうや!」と騒ぐ遠山くんの声も、遠山くんを応援する四天宝寺のチームメイトの声も、どこか遠くに聞こえる。


「おい、油断してる場合かー?」
「ねぇ、せっちゃん」
「おう?」
「本気でやって良い?」


発破を掛けるせっちゃんに尋ねれば、周囲からツッコミの声が上がる。降り掛かる野次は私もせっちゃんも無視した。ちなみにせっちゃんの横に立つ白石くんは呆れ顔だった。


「別にええけど、何で俺に許可取んの?」
「いや、久々だから、ぶっ倒れるかもしれないし」
「まぁ、そん時は兄貴達呼ぶから容赦無くやれや」
「せっちゃん」
「なんや?」
「殴りこみに来てくれてありがと」
「・・・どう言う意味や?」
「いや、この子、マジで強いわ。ワクワク・・・というより、ゾクゾクする」


「ゾクゾクとか、お前、えろい」と言ったせっちゃんの呟きはさらりと無視し、心のままに相手と向き合えば、ざわりと自分から何かが溢れた・・・ような気がした。この状態になるのも久しぶりな気がする。集中力が増しているのか、調子が上がるのか、普段よりも頭も体もキレが良くなる代わりに非常に疲れるけれど。


「お待たせ。じゃあ、始めようか?」


こう言っては何だが、この状態の私は非常に好戦的で、笑い顔が怖いとせっちゃんに言われるくらいなのだが、この子、物凄く嬉しそうなんだけど。このまま育ったらかなりの大物になりそうな予感がするね。







無茶苦茶、疲れました。うん、勝った。6−1で勝った。数字だけ見れば圧勝に見えるかもしれないけど、結構やばかった。超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐とか、なんなの超怖い。うっかり直撃したら棄権するしかないね!


「姉ちゃんに負けた・・・」


しょんぼりする遠山くんにちょっとだけ申し訳ない気もする。


「遠山くん、人は負けて初めて真の強さを得るのだよ。今日の試合を糧にこれからも頑張れ」


姉ちゃんの言葉でわかると思うが、試合中に女だってばれました。胸は邪魔だから普段から押さえているし、帽子被っているからあまりばれないんだけど、超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐というとんでもない技を返す時に帽子が飛んでばれた。せっちゃん以外、皆、驚いてた。そんな中、遠山くんは「兄ちゃんじゃなくて姉ちゃんやったんか!ま、ええわ。続きやろ!」と言った遠山くんは間違いなく将来大物になるだろう。これをバネに是非とも遠山くんには頑張って頂きたい。


「姉ちゃんも負けた事あるんか?」
「うん?毎日、負けてるよー」
「ほんま?」
「ほんまほんま」


喋り慣れない関西弁を真似してみたが、イントネーションがやっぱりおかしかった。なんちゃって関西弁は痛すぎるので、止めておこう。


「せっちゃん、勝ったよー」
「おう。・・・チッ、お前と白石ぶつければ良かったな」
「自分で倒すべきだと思う」


さらりと怖い事を言うせっちゃんが凶悪な顔をしているので、横にいる白石くんに視線を向ければ、キラキラした視線がこちらに向けられていた。


「女の子なのに無我が使えると?」


白石くんもかなり背が高いと思ったが、それを大きく上回る長身のモジャ毛の男がそこにいた。ちなみにキラキラした視線も彼のものだ。白石くん?彼の後ろにいるんじゃないかな?ここからだとまったく見えないけど。


「えっと、四天宝寺のテニス部の人ですか?」
「千歳千里ばい。お前さん、名前はなんっち言う?」
と言います」
「よろしくばい」


下は制服のズボンのようだが、上は私服のシャツで、裸足に下駄を履いているんだよ。ガタイが良いから、初見、剣道部って感じがしたんだよ!間違ってたけどね。


「いつから無我が使えると?」
「あのー、無我って何ですか?」
「え?知らんで使ってたんや?!」


千歳くんの背後から何だか焦った声がした。おそらく白石くんだろう。何よりも「白石ざまぁ」と笑うせっちゃんの声がした。どんだけ白石くんが嫌いなんだ、せっちゃんは。まぁ、毎回、告白する度に「白石くんの事が好きだから」とごめんなさいをされていれば、こうもなるかもしれないけれど。


「最初に金ちゃんにポイント取られた後、本気出す言うて体からぶわっと何か溢れたやろ?それを俺らは『無我の境地』と呼んでいるばい」
「ああ、なるほど。あんまり気にして使ってた訳じゃないので、呼び名とか気にして無かったですね」
「意識して使えると?」
「まぁ、調子が良ければ」


意識を1点に集めるイメージで集中する。私の場合は額に集めるイメージだ。


「おお、確かに『才気煥発の極み』たい!」


今の私が千歳くんにどう見えているかわからないが、彼が言う『才気煥発の極み』を使うと、頭の中が物凄くクリアになる。その状態で相手の動きを見ると、おそらく今までの経験則から導き出されるのだろう。次に相手がどういう動きをするのか、予想が付くのだ。


「でも、これ、あんまり使えないじゃないですか」
「そうか?」
「格上の相手には殆ど通用しないですよ」


なんせほぼ毎日戦ってほぼ負けている相手に通じた験しが無い。・・・というか、その予想の上の動きをされるのであまり意味が無い。体験と交えて結果を伝えれば、「今後の課題やね」と千歳くんは何でも無さそうに笑った。気負わずにそう言い切った彼も間違いなく大物だろう。1番凄いのは、遠山くんと千歳くんを纏める白石くんなのだが。いや、凄いのは前々からわかってたんだよ。せっちゃんが自分よりも実力は1枚上だって言っていたし、あの暴走状態のせっちゃんを宥めすかしていたくらいだからね。


「さてと、せっちゃん、帰ろ?」


千歳くんの背後を覗き込めば、白石くんの顔がすぐ傍に見えた。彼のすぐ後ろに居たのに気づかず、不用意に近づいてしまったようだ。


「あ、ごめん」
「お、おん・・・」


特に深くは考えずにとりあえず距離を取った私に対し、何故か白石くんは慌て、それを見たせっちゃんが「へぇ〜」とやけに低い感嘆の声を上げた。


「よし、気は済んだし、帰るとするかな」


先程とは打って変わってせっちゃんの機嫌が上向きに変わる。あれだけ悪態をついていたのに、カラリと晴れ晴れとした表情で「そんじゃ、白石、邪魔したわ」と頭を下げてコートを出て行く。本当、白石くん・・・というより、恋愛事が絡んで居る時とそうでない時の落差が激しい人だ。小声で傍にいた白石くん、千歳くんに「本当、ごめんね」と言って頭を下げ、ついでにこちらを見てる四天宝寺の人達にも軽く頭を下げ、せっちゃんの後姿を追い駆けた。遠山くんの「姉ちゃん、またテニスやろなー」の言葉には、手を振って同意しておいた。ただ次は誰にも迷惑を掛けない形で試合をしたいというのが本音だ。










それは嵐のような







「せっちゃん。そういえば白石くん、女の子苦手なんだよね?」
「おー、あいつ、あの顔だから街を歩いていると逆ナン凄いから、(逆ナン)女が苦手らしいで」
「ふーん。だからさっき接近した時に焦ってたのか」
「気ぃつけや」
「せっちゃん、さっきと変わって白石くんに優しいね」
「・・・あいつも俺の気持ちがわかる日がやって来そうだからなぁ」
「せっちゃん、顔、凶悪過ぎるよ」
「楽しみだなぁ」




どうでも良い人物紹介(オリキャラ含む)























登場人物


兄との区別のため、下の名前で呼ばれる事が多い。家長女。7つ歳の離れた兄がいる。
幼少期から周囲にテニス馬鹿しか居なかったため、今では立派なテニス馬鹿に。親の海外転勤に伴い、大学生の兄と同居する事に。兄の通う天王寺学園大学部の中等部に編入した。摂津(弟)こと、せっちゃんとは恋愛感情なしの大の仲良し。摂津(弟)に四天宝寺中学校との練習試合を頼まれてから、原作キャラと良く関わる事に。

摂津祐輔(弟)
摂津、摂津弟、せっちゃんと呼ばれる天王寺学園中学の男子テニス部部長。U-15代表選抜に呼ばれる程の選手だが、部内の選手がそこまで強くないため、地区予選で敗退している。顔もそこそこ良いし、頭も悪くない。性格も明るくて運動神経も良く、よく告白を受けている程モテているのだが、何故か好きになる子がライバルである『白石』の事を好きになるので報われていない可哀想な人。そのため、白石が絡むと良く暴走する。と仲が良い。熱しやすく冷める前に玉砕し、傷心が癒えた頃にまた好きな子が出来るというサイクルが早い人。そのため、摂津と仲が良い人間ほど、との関係を疑わない。白石がを意識し始めたので、白石が近くに居る時はに絡みに行く。

京橋
男子テニス部副部長。眼鏡を掛けた優等生で、通称、きょーちゃん。苦労性で摂津のフォロは自分の役目だと思っている。テニス部ナンバー2の実力だが、摂津に遠く及ばない。

(兄)
、兄さん、兄やんと呼ばれる家長男。男子プロ選手でもあり、ライバルは徳川タツヤ。タツヤをからかう事が趣味。

摂津(兄)
摂津祐輔の兄。(兄)と同じ大学のテニス部の主将を務めている。(兄)との繋がりでとも知り合ってそれなりに長い。

徳川タツヤ
タツヤ、徳川兄。(兄)のライバル。実の兄よりもに対して兄らしい態度をとっている。の彼氏話など早いというなど、馬鹿兄でもある。

徳川カズヤ
カズヤ、徳川弟。の兄的存在。実の兄、タツヤがに馬鹿兄状態だったので、反面教師にした結果、世の女性が思う理想の兄状態に。

白石蔵ノ介
摂津(弟)に白石、クララと呼ばれる四天宝寺中学校男子テニス部部長。摂津にライバル視されているが、実力は白石の方が上。しかし、最近、摂津の腕が上がっているので、奢らずに自己研磨に励んでいる。摂津からの練習試合の申し込みを受けた事で、と出会う。の事が気になる今日この頃。摂津との関係を聞きたいけど聞けない、遅い初恋到来に(周囲が)じれったく思っている。

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徳川兄弟(捏造)が話にまったく出て来なかった件について。