?」
「ああ、財前くん。今年も同じクラスみたいだね。よろしく」
「よろしく」


何となく見た事がある後姿だと思った財前は、後ろから声を掛ける。くるりと振り返ったのは予想通り去年のクラスメイトのだった。クラス替え初日のせいで出席番号順の並びの席はとそう距離が離れておらず、財前は自分の名前のシールの席に腰掛ける。


「ところでそれいつまで続けるんや?」
「いつまでだろうねぇ・・・」


大袈裟に肩を落としたは財前と似たような格好、上下黒の学ランの上に大き目の灰色のスクールセーターを着込んでいた。その姿はどう見ても四天宝寺中学の男子生徒にしか見えない。しかし、名前からも察する通り、2ヶ月程前までは紺色と灰色の配色のセーラー服を着ていた立派な女子生徒である。


話は2月末の卒業生を送る会に遡る。体育館の広さの関係上、卒業式に参加出来る生徒は数が限られる。その為、生徒会主催で送別会が開催されるのだが、そこはお笑いをモットーにした四天宝寺中学である。コンセプトは如何にして卒業生を笑わせて笑顔で卒業して貰うである。出し物の中に当然のように漫才やショートコントの他、以前まではミスコンなども行われていたが、あまりにもミスコンが普通過ぎて面白くないという意見が殺到した。そこでただ止めないのが四天宝寺中学の恐ろしいところである。面白くないなら面白くすれば良い。じゃあ、どうする?あ、男女逆転ってどうよ?と、一連の流れが手に取るようにわかる企画だが、主催がGOサインを出してしまったので男装女装コンテストは実施された。


そんな訳で始まった第1回女装コンテスト。優勝を掻っ攫ったのは財前の部活の先輩でもある金色小春だ。セーラー服に身を包んだ彼のリアルに揺れる胸に男子は大興奮だった。偽乳ってすげぇ。そんな叫びが会場を包んだのだが、そこで終わらないのが小春である。観客に背を向け後ろ向きになり、手にしたスクールバックから化粧品を取り出すと手際良く化粧をし始めた。その時間、約5分。最後にウィッグを被って振り向いたその顔は、校内でもそう居ない美人と言って差し障りの無い顔立ちだった。体をくねらせてしなを作れば、会場を阿鼻叫喚の渦に陥れた。あの老け顔はどこに行った。女子力ぱねぇ。小春相手にときめいたと茫然自失に呟く者。同意する者。完全に負けたと女としてのプライドを完膚ないまでに砕かれた者。怨嗟のように響く悲鳴の中に聞こえた「こはるぅぅぅぅ」という熱の篭った切ない声。ここに入ってアレが一番カオスだったっすわ。後に財前がダブルスを組む先輩に語ったくらいそれはもう酷かった。


そんな狂気と混沌で満ち溢れた前半戦と打って変わって、後半戦は淑やかに始まった。ごつい男に可愛い服は笑いが取れるが、男物の服だろうとそれなりに着こなしてしまうのが女子である。大半がぶかぶかの学ランを着る女子だったので、小春でライフの削られた男子の大半が新たな世界の扉を開きつつ復活を果たす中、優勝したのは女子票の9割以上を集めただった。肩に届かない髪をハーフアップにして後ろに流し、トレードマークの赤いフレームの眼鏡・・・とセーラー服の時と変わらないスタイルに、体格の似た男子――と、いうか財前から借りた学ランとセーターを財前の目から見ても違和感無く着こなして登場したのだが、もう何と言うか凄かった。嘘、うちにあんなイケメンおった?どこからか聞こえて来た声に、そもそもメンズじゃないやろと財前が思わず突っ込んだくらい凄かった。四天宝寺に現れた新たなイケメンの存在に女子は大興奮。男子はどこからどう見ても男にしか見えないその姿に目を丸くした後、周囲の女子の鼻息の荒さに若干引き気味になった。


小春とは別の意味で会場を再び混沌の渦に叩き込んだは、正統派文学少年と褒め囃されて圧勝した。普通ならば後は優勝賞品を貰って終わる筈なのだが、やはりそこは四天宝寺、予想の斜め上を行く。賞品授与を終えた校長が、君は今日から我が校の名物になりなさいという言葉を掛けられ、あれよあれよという間に話が纏まり、常時学ラン着用という本人からすれば罰ゲームでしかない状況に追いやられた。ちなみに笑いを追及する四天宝寺中学において、名物になると言う事はスターになると言う事と同意義である。周囲からは羨ましがられたが、本人からしてみればどこが良いのかわからない状況である。とは言え、男装コンテスト優勝のお陰で春休みの課題は免除されたし、名物をやる事で特典を貰えると思えばやってやれない事も無い。そうは思っていた。


「ま、適当に頑張るよ。ところで財前くんは今年も同じ委員会?」
「あー、お前は?」
「一応、去年と同じ予定。当番は面倒だけど、慣れればどうって事無いし」
「そうやな・・・」


立ち上がった財前がの耳元に顔を寄せる。何故か背後から女子の悲鳴が上がるが、そんな事はお構いなしに財前は囁いた。


「仕事を知ってる奴と組んだ方が楽やから、お前、今年も図書委員な」


それだけ伝えると財前は自分の席に戻った。まだざわめく背後を振り返る事無く、は財前に苦笑いで返した。




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もう少し前髪と身長を伸ばして、胡散臭い感じにして丸眼鏡にしたらうちの従兄弟に似てる(謙也)
それもう別人やろ(白石)
こんな会話があった筈。ちなみに眼鏡はスクエアタイプのセルフレーム。