勉強は出来る。スポーツも出来る。他の女のように煩くもなく、落ち着いていて、だからと言って周囲から孤立している訳でも無く。自分の立ち位置を上手い具合に作っている人間。それが財前のの印象だった。


誰かに似てると財前が思ったのは1年の夏が終わり。気づいたのはそれから半年後。


誰かに似てると思ったら、白石部長に似てるんや。あいつ。


学校側からよくわからない理由で男装するように通達された時、苦笑いを浮かべて受け入れてしまったの顔が、財前の記憶の白石の苦笑と重なり合う。


器用貧乏のお人好しだから、苦労するんや。


だけど呆れはするものの、財前は決して彼らの事を哂おうとは思わない。それは彼らの姿が中途半端な見苦しさなど無い、潔いものだからと財前は思っていた。


近所だからと四天宝寺に入った財前だが、入学式当日から入った事を後悔していた。教育者の挨拶とは思えない笑いに走った挨拶に、財前は大いに驚いた。なんや、これ。この学校、おかしい。そう財前は思ったが、周りの人間は疑問に思わなかったらしい。ゲラゲラと笑う様はむしろ肯定していると言って良いだろう。財前がもしも自分に自信の無い人間ならば、おかしいのは自分の方だと入学早々に不安に打ちのめされてしまっただろう。しかし、財前は同世代に比べて自己を確立していた。頭の回転も速かったので、自ずと答えに辿り着く。


おかしいと思う自分は正常。でも、この学校内では異常。


こんなおかしな空間で1日の大半を3年も過ごさなければいけないのか。入学早々に転校など出来ないので、財前は思わず溜息を吐いた。


「はぁ」


ゲラゲラと周囲が笑い声で包まれる中、その声に財前が気付けたのは僥倖だった。自分のでは無い溜息に財前は声の位置を探る。幸いにも財前は耳が良い。


財前から前から3番目の左横。おそらくクラスメイトになる女子だろう。ここからは後ろ頭しか見えないが、頭頂部が見えないのは、財前より背が高いからだろう。決して財前が背が低い訳では無い。女子の方が成長が早いんや。そう財前は己に言い聞かせながら、入学式が終わったら話し掛けてみようと決めた。


それが財前光との出会いである。親の転勤で引っ越して来たも入学するまで四天宝寺の校風など知らなかったようで、奇しくも財前と同じ事を考え同じ結論を同じタイミングで至り、つい溜息を吐いてしまったらしい。同じ境遇という事で財前はとすぐに仲良くなった。財前同様にも自己を確立しており、一緒に居ても不快にならない、話していて疲れないという事も幸いし、単独行動を好む財前には珍しくと良く居た。しばらくして、クラス内で付き合ってる付き合っていないの話が上がったが、特段、は気にしていないようで、何度か探りに来た女子に対してやんわりと違うと答えていた。財前としてもという人間が気に入っているだけなので、自らも否定し、冷やかす周囲にあっさりと否定するには助かっていた。これで下手にうろたえられても、財前もどうして良いかわからなかっただろう。最もいくら否定したところで噂は一向に消えなかったので、否定する事自体を諦める事になったが。


が男装コンテストで優勝して常時男装状態になってから、周囲の、特に女子の見る目が変わった。を男でも女でも無いものと見始めたのだ。感覚としては宝塚の男役のような、女の理想の男らしい。漫画の中に出て来るような、財前の感覚では存在自体有り得ない男。女子は訳がわからんと財前は何度思ったか。自分達を見て女子が妙な掛け算をしているのをたまに見る。インターネットに精通しているお陰ですぐにわかった。財前としてはわかりたくもなかったが、一部の女子は財前とで擬似ボーイズラブを楽しんでいるようだ。まじ、わからへん。財前×はまだ良い。×財前は無いやろ。俺が受身とか無いわ。あと謙也×財前って言った奴、出て来い。あのセクハラ発言部長のロッカーの具材にしてやるわ。






「そう言や財前知ってるか?」
「なんっすか?」
「今年のクラスマッチのテニス、男女ペアなのは相変わらずやけど、テニス部も参加OKになったんやで」
「あー、謙也さんも出るんすか?」
「うちは俺と白石がいるからなぁ。多分、どっちか出ると思うで。お前はどうすんの?」
「うちのクラスはテニス部は俺だけやから、多分、出ろ言われるんじゃないっすかね」


他人事のように言ってしまうのは、多少の面倒臭さを感じているからか。団体競技よりも個人競技の方が好きだが、クラスマッチで個人競技はテニスと卓球しかない。わざわざそれほどやった事も無い卓球をやるくらいならば、慣れたテニスを選びたいところだが、男女ペアというのが財前の中で引っ掛かっていた。自分の顔が人並み以上に整っている自覚のある財前としては、必要以上にその気の無い女子と接触して面倒を増やす趣味など無い。


大概の相手には財前1人で勝てるが、謙也もしくは白石では勝率はかなり低い。やるからには勝ちたい財前はパートナーに求める条件を思い浮かべる。まず、女子。次にテニスが出来る。その条件でクラスの女子を思い浮かべるものの、そもそもクラス替えがあったばかりで、あまり思い出せないし、女子ソフトテニス部はあるがラケットを持ち歩いている女子も居なかった筈である。そうなるとテニスが出来そうな運動神経を持った女子だが、ここで財前は日頃よく話しているを思い出した。必要最低限の条件に該当する他、財前が長い時間一緒にいても疲れない相手である。


熱血なところのある担任は、クラスマッチは勝ちに行くと断言していた。おそらくテニスに出るように担任から誘いを掛けられるだろう。その時はを巻き込んで引き受けるかと考えていれば、なんや今日は機嫌良いなぁと財前は謙也に言われた。


「別にそうでもないっすわ。ああ、そうだ、謙也さん」
「なんや?」
「クラスマッチで当たったら覚悟しといてくださいね」


ハッ、返り討ちやと鼻で笑う謙也に対し、財前も不敵に笑い返す。


全てはまだ未定の話だったが、財前の中で本決まりになった瞬間だった。