「どこが素人やねん」


ぼそりと財前が漏らす。ネットの向こう側ではジャージ姿のがボールを追い駆けているが、その姿に素人特有の危うさは感じられない。あっさりとボールに追いついたはきっちりとリターンを返して来る。返球を左右に揺さぶってみるが、問題無く追いつき返して来る。向こうも負けじとばかりに左右に揺さぶりを掛けて来たので、まだまだ余裕はありそうだった。


「これで少しは戦えるか?」


返答は無い。財前が少しずつテンポを上げ始め、それにが食い付き動き始めたからだ。最初は返球するのに精一杯だったが、徐々に財前の動きに慣れ始め、緩急をつけ始める。予想以上だと財前は喜ぶものの、喉元に引っ掛かったように感じるのは先輩である白石とそのパートナーの事だ。


お喋り好きなダブルスの相方はクラスの勝利を確信しているようで、白石とペアを組む女子の詳細をペラペラと喋りだした。帰宅部状態の部活に入り、毎日、テニススクールに通っているらしい。近隣の大会では負けなしで、女子部門の全国区レベルだそうだ。いくらのスペックが高くても、勝ち目は薄い。何しろ相手は男女混合の大会を開いたら間違いなく優勝候補の一角に入るペアなのだから。相手が悪いとしか言いようが無い。


財前は非常に負けず嫌いな人間だ。相手が誰であろうと負けたくないと考えているが、同時に四天宝寺の天才と言われるだけの才覚を持ち合わせており、相手の力量を見抜くのにも長けている。勝負は時の運に左右される場合も多いが、それでも力量差に開きがあり過ぎる。自分がもう1人いたのならば負けないのにと財前はふと思うのだが、それはにあまりにも失礼過ぎてすぐにその考えを拭い捨てた。


巻き込まれた形での参加となったが、は真剣だった。子供の時にちょっとだけやっていただけだから素人と対して変わらない、足を引っ張る事になるだろうけれど頑張らせて貰うと告げた彼女は真摯にテニスと向き合っていた。財前が部活中の合間もどこかで練習しているらしい。部活終わりの後に合流して打ち合っているが、
その上達スピードは恐ろしい程、早い。おそらく習得速度だけで言えば、財前に匹敵するだろう。加えて応用力もある。決戦まであと1ヶ月あれば良い勝負が出来るだろうし、2ヶ月あれば勝てるかもしれなかった。しかし、開催まで残り10日程度。砂が水を吸う勢いで財前からテニスの技術を習得して行くだが、時間が足りない。未知数の可能性を秘めていても、それは研磨しなければ原石は原石のまま、決して輝く事は無い。残り僅かな間にどこまで研磨出来るか。出来ることならば、その無骨な岩肌の隙間から美しい輝きが垣間見れる程度には磨かれて欲しい。


そう財前は願った。