「四天宝寺でバトロワやったら誰が残るんすかね」
何故か部室の机の上に1冊だけ置かれた漫画本。表紙には嘗て一世を風靡した映画のタイトルが記されていた。それを見つけた財前は「何で7巻だけあるんや」と呟いた後、ミーティングが始まるまでの暇潰しに決めたらしく、パラパラとページを捲っていた。それも長くは続かず、すぐに閉じて元の場所に戻す。部室に居る大半の人間が飽きたんだなと思う中、天才肌故か飽きっぽい筈の財前の興味はまだ薄れてなかったようで、ふとこんな事を口にした。
「なんでやねん!!」
それに大袈裟とも言えるテンションでツッコミを入れたのは謙也だ。そのテンションの高さについていけない財前から冷ややかな眼差しを受けるものの、この程度で折れていては四天宝寺のレギュラーが務まる筈が無い。とは言え、持ち前のノリで半ば反射的に突っ込んでしまっただけで、会話に行き詰った謙也を一瞥した財前は溜息を隠しもせずに吐き出した。
「確か中学生とちゃいました?」
こいつらと、財前の細長い指が本の背表紙を叩く。それに答えたのは部内で間違いなく1番の知識人である金色小春だった。中学3年生の主人公がクラスメイト達と共に修学旅行行きのバスで眠らされ、目が覚めたら孤島へ送り込まれる。その後、最後の1人になるまで殺し合いを強要されられる話だと小春が説明すれば、ああそんな感じの話だったなと周囲は頷いていた。
「で、何でそんな殺し合いを四天宝寺で考えなあかんねん」
「単なる遊び心っすわ」
しれっと答えた財前に謙也はガシガシと髪を掻く。こういう時に育ちの良さが出る。見た目、アレだけど、謙也さん、結構真面目やもんなぁと財前は思いながら、すぐ傍に座るの肩を指で2度叩いた。タイトルに殺人事件と入った文庫本から顔を上げたと財前の目が合う。その間、2秒。話に入れという財前の視線を受けて、は口を開いた。
「生き残るのに何が必要かって話ですよね」
「謙也さんとかは生き残れなさそうっすわ」
「な、なんでやねん」
「あの手のゲーム、人が良い奴から死んで行きますもん。謙也さんに主人公補正が無い限り、生き残るのは無理っすわ」
「生き残るっちゅーねん!浪速のスピードスターは伊達やないで!!」
「周りが潰し合うまで逃げまくるんですね、わかります」
違うわ!と言いながらも主張が二転三転している謙也と、そんな謙也を嬉々としながら弄りに行く財前。飛ばしてるなとが半ば呆れながら眺めていれば、すぐ横で始まるのは小芝居。
「小春、俺はお前の愛に生きるで」
「ああ、ユウくん、でも、生き残れるのは1人だけなのよ」
「こ、小春。俺はお前の(思い出の)中でずっと生きてく。だからお前は生きろ!」
「ユウくん!ユウくーん!!」
小春の腕に抱かれたユウジがそのまま首をガクリと横たえ、全身から力を抜いた。事切れた演技をするユウジに縋り付く小春。ユウくん、アタシ、貴方の分まで生きるわ。と呟いた所で小芝居はようやく終わったようで、しばらくしてユウジが床から起き上がる。
「優し過ぎる人にはとことん向かないゲームちゃいます?これ」
「それを言ったら、ここのレギュラー大半がアウトじゃないの?」
「謙也さん、アウトやろ。師範とか副部長もアウトやろ」
「生き残れそうな人、考えた方が早いんじゃないの?」
「あー、部長、生き残れそうやわ」
あー、と部室内で何人かの声が重なる。生き残れそうが褒め言葉なのかどうか微妙な話だった。
「白石、俺の分まで生きろ、とか謙也さんに言われたら、あの人、頑張るんちゃいます?」
「それ俺死んでるやん!」
「ユウくんの分まで生なあかんの、とか小春先輩も頑張れそう」
「頑張ったらあかん話やけどなぁ」
何せ頑張るイコール殺し合いという何とも殺伐とした話だ。
「そうなると部長と小春さんの一騎打ちですわ」
「ちゅーか、財前、何、さっきから自分だけ除外してるんや?後、もや」
「はは、謙也さん、何言ってるんすか。俺とは生き残れないから除外してるだけっすわ」
「・・・はともかく、財前が優し過ぎるか?」
手厳しいの間違いやろと呟く謙也に財前は不敵に笑い返す。その顔は優し過ぎるの言葉には程遠いものだった。
「バトロワで生き残るのは1人だけ。そんなら俺は自分の手で殺した後、俺も死ぬ。それだけの事ですよ」
さらりと当たり前の事のように言った財前に対し、謙也は大いに顔を顰めて本日2回目のツッコミを披露した。
「重い!重すぎるわ!!」
「そんなん俺らの勝手ちゃいますの?」
「ああ、!お前も何か言ったれや!!」
話を振られたに部室内の視線が一気に集まる。は軽く肩を竦めると、財前に対して苦言を呈した。
「光くん」
「なんや?」
「やる時は一瞬で頼みますよ」
「任せとき」
やる時が殺る時と書くのは今更な話だろう。3度目の謙也のなんでやねんに対して、痛いのも辛いのもしんどいじゃないですかと言うと、痛くしろ辛くしろとか謙也さんドS過ぎちゃいます?と笑う財前。問題点はそこじゃないわ!と突っ込みの声が聞こえる四天宝寺は、会話の内容は別として今日も平和だった。